たとえば、森や茂みには巨大な実と立派なさやからなるカカオの実がたくさん存在し、大型の哺乳類が食べては、いつもの通り道に種子を撒き散らす。われらがか弱きカカオの木は、ゴンフォテリウムという巨大動物ととくに親しかった。あまりに小さい耳と逆向きについた牙が特徴的な毛深いゾウとでもいおうか。ゴンフォテリウムはカカオを食べ、ウサギが復活祭の卵をたくさん産むと伝えられているのと同じように、その実をあちこちにばらまいた。この史上初のチョコレート好きのおかげでカカオは進化し、ゴンフォテリウムの食欲を満たすために今日のような巨大な実となった。
巨大動物たちは消え去り
カカオは次の友人を待った
ところが、美しい友情で結ばれた数百万年が過ぎると、時代は変わる。氷河期が訪れ、その後、再び温暖化が進んだ。寒さに適応してきた希少なゴンフォテリウムも、その後の暖かさや最初の人類の捕食の増大を前に生き残れなかった。おそらく、その最後の1頭も1万年弱前には姿を消したと思われる。その後、南米の新たな動物相は小さい動物ばかりで構成されるようになり、カカオは食べられることがなくなった。こうして、カカオの木は大きな打撃を受けた。種子を拡散してくれる唯一の友を奪われ、絶滅の危機に瀕したのだ。
カカオの木が下草のあいだで孤立しながら、どうやって生きのびてきたのかはわからない。もはや誰も種子を拡散してくれないのだ。おそらく、カカオはつかのまの出会いに頼ったのだろう。サルやオウムがたまたまやってきたり、洪水のときに偶然、水の中に落ちた実が1つあったりというように。ゴンフォテリウムがいないかぎり有性生殖は不可能なことから、主に無性生殖によって挿し木や芽を介して増殖することで、なんとかもちこたえたのだろう。
カカオにとってはいずれにしても、約5500年前の奇跡の日までは、生き残る望みがほとんど断たれていたようなものだった。だがその日、エクアドルの山岳地帯のジャングルのどこかで、カカオの木は二足歩行の霊長類と出会った。この霊長類は種子をすりつぶしてペースト状にし、ペーストがなくなったときには指までなめまわした。こうして、チョコレートが誕生した。