そのために、ショコラティエは、きわめて純粋で希少な石が山の中で誕生するのと同じプロセスを再現しなければならない。V型の結晶の成長を促す冷却と、他のすべての形態の結晶を溶かす正確な温度への加熱を交互に行うのだ。ショコラティエに嫌がられるテンパリング(チョコレートの温度を調節して、ココアバターを安定した結晶〈Ⅴ型〉にする作業)という綿密な作業である。

書影『ライ麦はもともと小麦に間違えられた雑草だった 食材と人類のウィンウィンな関係』(光文社)『ライ麦はもともと小麦に間違えられた雑草だった 食材と人類のウィンウィンな関係』(光文社)
ビル・フランソワ著、河合隼雄訳、山本知子訳

 岩石は地中でまったく同じように変化する。つまり冷却の速度と温度によって、生成される結晶と溶ける結晶が出てくる。ジャンドウーヤ(焙煎したナッツ類のペーストとチョコレートの混合物)の生地から極上の板チョコができるように、ありふれた小石が晶洞(岩石や鉱脈の中にできた空洞。その中に美しい鉱物結晶が群生する)になるのである。

 箱入りのチョコレートも、地質学的な移り変わりと同じように時間とともに変化する。ちょっとしたチョコレートは本と同じで、自分で楽しむというよりは贈り物として購入されることが多い。そして、プレゼントされたとしても、今度は自分が誰かにプレゼントしたいと考え、お客さんが来るまで箱を開けないでおく。つまり、次に別の友達とディナーするまで、チョコレートも長いあいだ待たされるのだ。するとチョコレートは熟成が進み、表面が白くなめらかに繊細になる。

 心配はいらない。岩石と同じことが起きているだけだ。地質学上のいくつかの時代を経て、結晶はやがて姿を現す。チョコレートでは脂肪酸が部分的に溶けて表面に浮き上がり、純粋な形で結晶化する。サファイアのような美しさはないが、味わいにはなんの影響もないのでご安心を。