菅 義偉
菅義偉事務所の厳しさは政界一!?気迫の裏に、そばを食べながら失神しかけた超激務の下積み経験【官邸の決断】
菅義偉氏が次期衆議院選挙に出馬せず、政界を引退することを表明した。安倍政権の官房長官として約8年、自身も首相として約1年国家の運営に携わり、官邸の中枢での決断を担ってきた菅氏が考える「リーダーの資質」とは何か。昨年12月に発売した『菅義偉 官邸の決断』から、その一部を抜粋して公開する。たたき上げとして知られる菅氏は、政治家生活の中さまざまな苦労を重ねてきた。その気迫は事務所スタッフにも浸透し、菅事務所は「政界一厳しい事務所」と呼ばれることもあるという。

「自分は豊臣兄弟の弟だ!」安倍元首相を支えた菅義偉元首相が自分を豊臣秀長に重ねた理由【官邸の決断】
菅義偉氏が次期衆議院選挙に出馬せず、政界を引退することを表明した。安倍政権の官房長官として約8年、自身も首相として約1年国家の運営に携わり、官邸の中枢での決断を担ってきた菅氏が考える「リーダーの資質」とは何か。昨年12月に発売した『菅義偉 官邸の決断』から、その一部を抜粋して公開する。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」でスポットライトを浴びているのが、兄・秀吉を支えた弟・秀長だ。菅氏は、かねて秀長の生き方に印象を受けており、安倍晋三元総理を支える自分と重ねる。秀長に通じる菅氏のスタイルとは。

「霞が関の一部から恐れられていたようだが…」菅義偉元首相がそれでも官僚に厳しくあり続けた理由【官邸の決断】
菅義偉氏が次期衆議院選挙に出馬せず、政界を引退することを表明した。安倍政権の官房長官として約8年、自身も首相として約1年国家の運営に携わり、官邸の中枢での決断を担ってきた菅氏が考える「リーダーの資質」とは何か。昨年12月に発売した『菅義偉 官邸の決断』から、その一部を抜粋して公開する。菅氏は、官僚の“抵抗”を時に押し戻すなど、強いリーダーシップを発揮した政治家としても知られている。なぜ、菅氏は官僚へ“厳しい態度”を取り続けたのか。その背景には、『君主論』で知られるマキャベリの「愛されるよりも恐れられよ」という考えがあった。

「お前なんかすぐ官僚に丸め込まれるぞ!」政治の師から忠告された菅元首相が持った心得とは【官邸の決断】
菅義偉氏が次期衆院選に出馬せず、政界を引退することを表明した。安倍政権の官房長官として約8年、自身も首相として約1年国家の運営に携わり、官邸の中枢での決断を担ってきた菅氏が考える「リーダーの資質」とは何か。昨年12月に発売した『菅義偉 官邸の決断』から、その一部を抜粋して公開する。菅氏は、政治の師と仰ぐ梶山静六氏から「お前なんか、すぐ官僚に丸め込まれる」と忠告されて以来、その教えをもとにある習慣を実践するようにした。その習慣とは。

菅元首相が新型コロナワクチン「1日100万回接種」をぶち上げられた理由【官邸の決断】
菅義偉氏が次期衆院選に出馬せず、政界を引退することを表明した。安倍政権の官房長官として約8年、自身も首相として約1年国家の運営に携わり、官邸の中枢での決断を担ってきた菅氏が考える「リーダーの資質」とは何か。昨年12月に発売した『菅義偉 官邸の決断』から、その一部を抜粋して公開する。菅氏は引退表明会見で、政治家として最も印象に残ることとして新型コロナウイルス対応を挙げ、「ワクチンの1日100万回接種」の実現を振り返った。当時、その決断の裏側には、どのような思いがあったのか。

コロナ対応や「黒い雨訴訟」など多くの難題に対し、首相としてさまざまな決断を下してきた。「全ては、国民のため」――。最終回となる今回は、政治とはどうあるべきなのか、改めて私の信条をお伝えしたいと思う。

2020年に開催予定だった東京五輪をコロナ禍が直撃した。「中止すべきだ」との意見も確かにあったが、五輪の意義は深く、1年の延期を経て、私は最終的に無観客での開催を決断した。今回はそのときの考えを振り返ろう。

コロナ禍が浮き彫りにしたのが、孤独・孤立という社会問題の深刻さだった。一筋縄ではいかない課題に、菅政権では省庁を横断し、官民協力の下で対策を図った。そのときの対応を振り返ろう。(肩書は当時)

新型コロナワクチンの接種体制の確立と並行して、私はワクチン供給の働き掛けのほか、「ワクチン外交」を通じた国際関係の強化を図ってきた。前回に引き続き、菅政権下でのコロナ対策について、今回は外交面から振り返ってみよう。

一刻も早いコロナ禍の終息のため、私は「1日100万回」のワクチン接種を実現すると宣言した。無謀な目標だと周囲は思ったが、私には確かな目算があった。今回は、ワクチン接種のスピード実現の背景を振り返りたい。

福島第一原発の処理水処分は、喫緊の課題にもかかわらず長らく先送りされてきた。地元の反対もあったが、首相として私は海洋放出を強く決断した。当時の対応を振り返ってみよう。

原爆投下の際の雨によって健康被害が生じたとされる、いわゆる「黒い雨訴訟」。原告が勝訴した高裁判決では、上告すべきだという意見もあったが、私は被害者救済のため、上告断念を政治決断した。そのときの判断を振り返ろう。

私が首相として臨んだG7では、対中議題のほかに、東京五輪に向けた各国の支持確約という大きなテーマがあった。その支持をどのようにして取り付けたのか。前回に引き続き、本稿では菅政権での外交を振り返ろう。

総理就任後、コロナ禍のさなかではあるが、バイデン米大統領との会談や対中姿勢を明確にしたG7サミットなど、アジアの安全保障に関わる重要な外交を立て続けに行ってきた。前回に続き、今回も菅政権下での外交について振り返ろう。

外交は総理にとって非常に重要な任務だ。総理就任時はコロナ禍の最中で対面外交に制約もあったが、東南アジア歴訪など、数多くの手を打ってきた。今回は外交での取り組みを振り返ろう。

少子化対策は喫緊の課題だ。菅政権では、不妊治療の保険適用の拡大を実現したが、数々の取り組みの中でも特に感謝の声を頂くことが多い、思い入れ深い政策だ。今回は、その導入経緯を振り返ろう。

デジタル庁の創設は菅政権における目玉政策の一つだ。その背景には、コロナ禍で露呈した日本のデジタル行政の遅れがあった。今回は、デジタル庁創設までの道のりを振り返りたい。

私が総理として掲げたカーボンニュートラルの実現は、喫緊の課題であると同時に長期的な視点に立つ必要のある政策だった。その実行には、関係者の協力が欠かせない。今回は、いかにして環境政策を進めてきたかを振り返りたい。

首相就任後の所信表明演説で、私が初めて取り上げたのが「経済安全保障」だった。近年、半導体などを中心に経済安保への危機感が高まるが、その対応には、まさに行政の縦割り打破の視点が必要だ。今回は、経済安保の取り組みについて述べたい。

2020年夏、長年続いた安倍政権の幕が閉じた。当時、私は自民党総裁選挙への出馬を全く考えていなかったが、事態が一変したこともあり、熟慮の末、立候補を決断した。今回は、私が総裁選出馬に至った経緯を振り返ってみたい。
