家族全体の苦闘は、薄皮を1枚剥いでしまえば、じつは、統合失調症の科学の歴史──何十年にもわたって、何がこの疾患を引き起こすのかばかりでなく、この疾患はいったい何なのかをもめぐる、長い論争という形を取ってきた歴史──でもある。

名前も記憶も変えたい…
少女が抱いた逃げ場のない苦しみ

 精神に異常を来さなかった子供たちも多くの面で、精神疾患になった兄弟に劣らぬほどの影響を受けた。

 どんな家族であれ、12人も兄弟姉妹がいれば、それぞれが個性を形成するのは難しいが、ギャルヴィン家の場合には、他に例のない類の動的な人間関係を特徴としており、そこでは精神を患っている状態が家庭の標準であり、それ以外の事柄は万事それを出発点とせざるをえなかった。

 リンジーと姉のマーガレット、兄のジョン、リチャード、マイケル、マークにとって、ギャルヴィン家の一員であるというのは、自分も精神に異常を来すか、家族が精神に異常を来すのを目の当たりにするかのどちらかで、いずれにしても、永続的な精神疾患の風土で育つことだった。

 たまたま妄想や幻覚やパラノイア(偏執症)を起こさなかった──自宅が攻撃を受けているとか、CIAが彼らを捜しているとか、悪魔がベッドの下に潜んでいるとか信じるようにならなかった──としても、自分の中に不安定な要素を抱えているかのように感じていた。

 あとどれだけしたら、それに自分も乗っ取られてしまうのかと、彼らは不安に思った。

 リンジーは末っ子だったので、起こったことのうちでも最悪のものを耐え忍んだ。彼女は危険な状態に置かれ続け、自分を愛してくれていると思っている人々に、直接傷つけられた。

 幼いころは、誰か別の人になりたいとばかり思っていた。コロラド州を離れ、本当に名前を変え、別人になり、自分が経験したことの記憶のいっさいを上書きすることもできただろう。リンジー以外の人だったら、できるかぎり早く家を飛び出し、二度と戻って来なかっただろう。