だが、ローゼンタールとケティが養子の事例を分析すると、遺伝と対立する「育ち」の見方──統合失調症は精神疾患のある親から、養家の遺伝的背景を共有していない養子へと伝播されうるという見方──を支持する証拠はまったく見つからなかった。

 統合失調症は、この疾患を発症しやすい遺伝的素因を持っていない人には、けっして押しつけることもうつすこともできない、とローゼンタールは結論した。

 ローゼンタールは、これでとうとう論争に決着をつけ、そのうえ、劣悪な子育てが統合失調症を引き起こすという考え方には信憑性がないことを示せたと思った。

発症するかは“閾値”で決まる…
「ストレス脆弱性仮説」の衝撃

 彼は会合で、同意見の人を少なくとも1人見つけた。アーヴィング・ゴッテスマンという名の遺伝学者で、共同執筆者のジェイムズ・シールズと共に、ローゼンタールのものと非常によく似た結論に達する研究を発表していた。

 彼らが完成させた「統合失調症の多遺伝子理論」という論文は、統合失調症はただ1つの遺伝子ではなく多くの遺伝子の一群が、さまざまな環境要因といっしょに働くことによって、あるいは、ひょっとしたらそうした環境要因に活性化されることによって引き起こされうると主張した。

 彼らの証拠も双子にまつわるものだったが、一捻りしてあった。疾患を、優性遺伝子1つあるいは劣性遺伝子2つの仕業と考える代わりに、彼らは遺伝病には「易罹患性閾値」があるという見解を示した。

 それを過ぎると、発症する人が出る理論上の境目だ。共同して人をこの閾値に近づける原因は、遺伝的なものかもしれないし、環境かもしれない。家族にその病歴があったり、トラウマに満ちた子供時代を送ったりしたことかもしれない。

 だが、そうした要因が最低必要量に達しないと、人は統合失調症の遺伝的遺産を抱えつつも、症状が現れないまま、一生を送ることがありうる、というのだ。

 ゴッテスマンとシールズの説は、「ストレス脆弱性仮説」として知られるようになった。

 生まれが育ちによって活性化されるという考え方だ。何十年も後、彼らの研究には並外れた先見性があったと見られるようになる。

 フロイトとユングにまで遡る大論争の、真の終わりの始まりだったのだ。

執拗な「母親のせい」理論
根拠なき非難が再び語られる

 見方によれば、ストレス脆弱性仮説は「生まれ」陣営と「育ち」陣営の間の妥協と解釈することさえできるかもしれなかった。もしこの説が成り立つのなら、ソラジンなどの抗精神病薬は、どのように機能するかにかかわらず、統合失調症の持続的治療の一部でしかありえなかった。