つまり、アメリカ発でDEIを後退させた「揺り戻し」の原因は、簡単にまとめると「DEIに時間がかかりすぎる」ということだと考えています。「一人だけ(=DEIがない)の組織」のほうがスピードは速くなるのです。

 こうした現象を考慮すると、DEIが普遍の法則ではなく、臨機応変に使ったり使わなかったりする道具であるという見方が実態に一番近いかもしれません。

DEIの優先度を下げた
トヨタの経営判断は正解

 では、「DEIを進めるべき組織」と「DEIの優先度を下げるべき組織」との違いは何か――。 それは、その企業が置かれている「環境」によって決まると考えます。

 日本を代表する企業であるトヨタを例に考えてみましょう。

「自動車メーカーの世界ランキング」を見たことがある人は多いでしょう。フォルクスワーゲン、ステランティス、ゼネラルモーターズ、ヒョンデなど、ランキングの順位に変動はあっても、登場するメーカーはいつも同じだったはずです。

 このように比較的安定した市場では「遠くへ行くこと」、つまりDEIを推進することが優先されます。組織の多様性を増すことで、意思決定で間違えるリスクを下げることで、長期的に持続可能な成長を実現することが重要だからです。

 しかし、現在の自動車メーカーを取り巻く環境を考えてみると、「100年に1度の大転換期」と言われており、電動化やSDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)で強みを持つ新興メーカーが台頭しています。その筆頭こそが、イーロン・マスクのテスラです。圧倒的なスピード感で事業を成長させ、時価総額でトヨタを上回りました。中国のBYDの伸びも目を見張るものがあります。

「100年に1度の大転換期」にトヨタが優先すべきは、DEIではありません。急速に変化するビジネス環境に適応し、生き残るために必要なのは、「遠くに行くこと」ではなく「早く行くこと」だからです。経営のスピードを上げなければなりません。