1つ目は、「揺り戻し」です。アメリカ政治は、リベラルな価値観を標榜する民主党と保守を標榜する共和党による二大政党制を採用しています。リベラル勢力が推進してきたDEIが、共和党によって縮小される……アメリカ社会は、こうした動的な発展を繰り返してきました。

 日本では揺り戻しが起こるほど推進されていなかったので、アメリカと大きな差があります。アメリカは、国の成り立ちからして「多様性を是」とする国です。DEIが後退するとはいえ、アメリカ社会に根付いている本質的な多様性は、日本とは比べものになりません。

 日本企業の中には、DEIを「押し付けられている」と考えているところが少なくない印象です。欧米から輸入した概念ですから、無理もありませんが……。「アメリカ企業もやめるのだから、うちもやめる」といった理由でDEIを後退させることは得策とは言えません。

中国とイーロンマスクが知らしめた
DEIの弱点

 DEIが後退した原因の2つ目は、「DEIのコスト」が意識され始めたということだと思います。

 日本でも、ジェンダーレストイレの設置や女子スポーツに出場するトランスジェンダーの女性選手などが話題になりました。理論的な複雑さを増していくDEIこそが「社会の発展を妨げている」と考えているのがトランプ氏をはじめとする保守層の見解です。

 こうした見解には、正直な話、私自身も「わからなくはない」と思うところがあります。私はベンチャーキャピタルの代表として、数多くの企業や経営者の栄枯盛衰を見てきた中で言えることがあります。それは、「ボトムアップ型の民主的な組織はスピードが遅い」という傾向があることです。

 DEIは一人ひとりの権利を尊重するという点で、ボトムアップ型で、かつ民主的なプロセスです。つまり、DEIには時間とコストがかかります(念のため繰り返しますが、たとえ時間とコストがかかってでも、DEIを進めるべきというのが、人類が歴史から得た教訓です)。

 まさに、私が上記のカッコ書きで注釈を加えたように、DEIが浸透した社会や組織では、差別的な意図はないということを形式的にアピールすることが必要になったりします。