ビジネスや社会における IT化やAIの登場によって、意思決定における「量」が増えるにつれて、「速さ」の重要度が格段に増してきました。 そうした環境の変化によって、前述のようなDEIの煩雑さをむしろ障害だと考える人が増えているのだろうと思います。

 DEIを邪魔だと感じる人たちの典型例が、イーロン・マスク氏やトランプ大統領といった強力なリーダーシップに基づいて、トップダウン型で組織を統率するタイプの人です。日本で言えば ソフトバンクの孫正義社長が典型的なトップダウン型のリーダーと言えます。

 彼らは卓越した成果を上げていますから、彼らのやり方は否定されるべきものではありません。ビジネスは政治の世界における1つのやり方なのだろうと思います。

 世界的な新興企業が多く集積するシリコンバレーの歴史を振り返っても、投資家はWASP(ホワイト・アングロ・サクソン・プロテスタントの略称で、白人のアメリカ人プロテスタント、かつイギリス系の上流階級)ばかり。DEIが進んできたのは、ここ10年くらいです。

 世界的なスタートアップ企業を数多く生んできたシリコンバレーは、高い同質性によって意思決定のスピードを上げていたのです。

  他にも、トップダウン型の統治にメリットがあることを象徴している例が、中国の台頭ではないでしょうか。習近平氏のような強いリーダーがいれば、社会の変化が加速するということを、いま私たちは目の当たりにしています。

 一人ひとりの権利を重視する「民主主義」と個人の権利が制限される「独裁主義」はどちらが優れているのか……。政治的にはより進歩的だとされてきた民主主義を採用する日本が、独裁主義の中国にボロ負けしている現実は無視できません。独裁にも利点があることを、私たちは思い知らされたのです。

「早く行きたければ一人で行け、遠くへ行きたければみんなで行け」

 アメリカ発の「DEI後退」は、この言葉に収斂されると考えます。「一人で行け」はDEIの理想とは正反対の同質性の高い状態を指し、「みんなで行け」はDEI的な価値観を反映した状態を指します。