地域に伝わってきた技術は、完成した工芸品をお土産として買ってもらうのがベースですが、「ただ見せるだけにとどめず、体験してもらう」のが肝。実際に観光客の人たちが欲しがるものをアート化して作ることで、出来合いのものを買うだけでなく「自分で作る」という工程で興味・関心が増し、文化体験ができる。職人側も、客単価を上げることができる。その売り上げは、伝統工芸の職人の新たな収入源ともなり、産業の継承に役立つでしょう。

観光客との触れ合いで
伝統産業に新たな視点が誕生

 そしてここでも、ファクトリズムや一次産業の観光化で見られたように、観光客との触れ合いによって、伝統工芸の担い手や伝統産業に新たな視点が生まれます。

「こんな色や形が流行っているのか」

「この価格帯でも欲しがる人はいるぞ」

 と、伝統工芸の技術者の方々が気づかされることがあるのです。

 職人の世界は、ともすれば「市場に合うものではなく、技術ありき」でアウトプットが決まりがちです。BtoBで外の世界に触れる機会がなければ、どうしてもその方向に偏っていきます。

書影『観光『観光“未”立国~ニッポンの現状~』(扶桑社)
永谷亜矢子 著

 ところが、民藝や伝統芸能の体験プログラムを通して観光客という第三者と接することで、今まで気づかなかったニーズに気づきます。あるいは、これまで是としていたものが実はちょっと違った、なんてことにも気がつきます。そう、職人さんの頭の中に「マーケティング」が宿るのです。

 富山県・高岡市に伝わるおりん。仏具で50年に一度くらいしか買い換えない商品ですが、こちらではおりん職人の方が体験プログラムを通じて「錫を叩く」工程を体験してもらいながら、完成した作品を錫のお皿として販売しています。「おりんは買い替え需要少ない。でも、一般の観光客には必要ない。ならどうする?」と、職人さんも考えたのでしょうね。

 観光がもたらす効果とは、売り上げだけではありません。伝統工芸という地域に根差した技術ですらも、「今」求められる形になるようなアップデートを促す効能もあるのです。