夫は「まあ昔の人だからね。気にしなくていいよ」ととりなしてくれた。山田さん自身は、周りの目を気にして会社を辞めようと思ったことは一度もなかった。

「お母さんは、毎日楽しそうに会社に行っていたよね」

 社会人となった娘が、こうつぶやいたことがある。母の背中を見ていたからか、娘もまたキャリア志向だという。

 妹、弟を連れて書道塾に通った長男は、小学生のころから書の道を志すようになり、東京の大学さらには大学院に進んで、書家となった。

 山田さんが正社員を目指したもうひとつの理由は、経済力をつけて子どもが望む進路をかなえてあげたいというものだった。自身が大学進学を断念した無念さもある。

 子どもたちが羽ばたいていく様をみると、大きな目標のひとつは達成できたといっていい。

組織の再編のため
3カ月かけて現場を説得

 仕事のうえで転機となったのが、経理の組織の再編を手掛けたことだ。親会社から経営判断をより早めるために月次決算の締めを前倒しにしてほしいという要請があり、当時係長だった山田さんが経理体制の刷新を会社に提案した。

 当時は6つのホテル、施設に分かれて常駐していた経理スタッフをひとつの事務所に集めることで、効率化をはかろうとしたのだ。

 そのころ、経理は本来業務のほかに、クリーニングの検品や飲食メニューの用意まで雑多な業務を引き受けていた。現場の支配人からは猛反対の声が上がった。

「誰が印鑑を押すんだ」「誰が釣銭を用意するんだ」に始まり、「誰が電話を取るんだ」「誰がゴミを捨てるんだ」と反発は大きかった。

 山田さんはここでもひるまなかった。

「それは経理の仕事でしょうか」

「それでお客様の満足度が上がっているのですか」

「経理が助けることで、みなさんの成長の機会を奪っているのではないですか」

 3カ月かけて現場を説得し、各ホテルの経理をひとつの事務所に集めた。

 すると業務効率は格段に上がった。まずは経理担当を現場から切り離したことで、利益を出すためには何が必要か、何を改善すべきか、という財務の本来業務に集中できるようになった。