第2次世界大戦終結とともに、クラブも自然と解散してしまいました。しかし、フリードマンは同じ暗号解読者であった妻エリザベス(アメリカ初の女性暗号解読者)とともに、生涯にわたって手稿の解読に取り組みました。

フリードマンが遺した
新たな可能性と謎

 生粋の研究者であったフリードマンは生前、自身の研究成果を「十分な証拠が揃っていない」として世に発表することはありませんでした。しかし彼は、「季刊哲学」という雑誌への寄稿文で、自身の考えを暗号学者らしくアナグラムの形で残しています。

 これもまた様々な人によって解読が試みられましたが、正解にたどり着いた者はいませんでした。

 フリードマンが亡くなった翌年、同誌にはフリードマン自身が遺した「正解」が掲載されました。それによると、

『ヴォイニッチ手稿』は、ア・プリオリなタイプの人工的もしくは普遍的言語を作成しようという初期の試みである

フリードマン
『ヴォイニッチ写本の謎』(ゲリー ケネディほか著、松田和也訳、青土社)より改変

「ア・プリオリ言語」とは、「先験語」と訳される、いずれの言語にも基づかない構造を持つ人工言語です。

『ヴォイニッチ手稿』のなかで多く見られる言語構造は、物や概念をいくつかに分類し、それぞれに対して何らかの記号を当てはめる方法です。

世にも奇妙な謎文書『ヴォイニッチ手稿』解読に挑んだ暗号学者が「死後」に遺したメッセージ『奇書の世界史』(三崎 律日 KADOKAWA)

 つまりフリードマンは、ヴォイニッチ手稿が「サイファ」ではなく「コード」である可能性を示唆したのです。

 フリードマンは『ヴォイニッチ手稿』の各単語において、接頭辞や接尾辞になりがちな文字の並びがあることに着目していました。これはア・プリオリ言語に特有の傾向です。

 しかし結果的には、これ以上明確な答えを出すことなくこの世を去っています(ア・プリオリ言語は、既存の言語のいずれとも符合しないため、作者が定めた分類表がなければ解読は非常に困難となる)。