生保が買わなくなったためか?
財政リスクの高まりか?

 超長期債利回りの高騰の原因として、以下のような要因が挙げられている。

 第一は、これまでの主要購入者であった生命保険会社が買わなくなったというものだ。

 生命保険会社は、その負債の特性から、長期・超長期の債券が運用資産となる傾向があるが、近年では、外債やクレジット債など、より高い利回りを求めた資産運用にシフトしている。

 背景には、IFRS(国際会計基準)対応に伴う会計制度上の対応や、ALM戦略の見直しや内部のリスク許容度低下などの構造的な要因があるとされている。

 しかし、こうした変化は、いま突然始まったものではなく、数年かけて徐々に進められてきたものだ。したがって、最近の急激な金利上昇の直接的原因とは考えにくい。

 第二は、財政再建が進まないので、将来、財政が破綻する確率が高まったというものだ。

 日本の政府債務残高はGDP比で260%を超え、先進国中で突出している。これは確かに大問題だ。しかし、この問題は以前から国債の市場価格に織り込まれていたはずだ。今になって急激に利回りが反応したという議論は説得力に欠ける。

 もっとも、金利上昇に伴って政府の利払い費用が急増していることや、消費税減税など、将来の財政を考慮しない政策が参議院選挙の公約にかかげられることなどによって、市場が再び財政リスクを意識し始め、財政不安の再評価が始まっている可能性は否定できない。

 いずれの要因も、一定の影響はあるにせよ、急激な利回り高騰の主因としては説得力に欠ける。では、何が主因なのか?

期待インフレ率の上昇はゆるやか
現実のインフレ率の変化より小さい

 いま問題にされているのは、名目金利の上昇だ。そして名目金利は、期待インフレ率が変化すれば、実質金利が変わらなくても上昇する。

 期待インフレ率の面から考えてみよう。

 ここで期待インフレ率とは、次式によって定義される。

期待インフレ率=名目金利-実質金利(1)

 23年以降、日本の消費者物価指数は継続的に上昇しており、生鮮食品を除く総合指数の対前年比は、25年4月時点で3.5%に達した。日本経済は、かつての「インフレなき成長」の時代とは明らかに異なる局面に突入している。

 こうしたインフレ率の高まりを受けて、市場はそれを一時的なものと見なさず、「将来にわたって持続する」との見通しを強めている可能性がある。

 投資家のインフレ期待が高まれば、投資家は名目利回りの上昇を求め、その結果、長期債の価格が下落する。

 では、最近の長期債利回り急上昇は、インフレ期待の変化によるものだろうか?

 期待インフレ率は、直接には観測できない変数だ。実際には、次式で計算されるBEI(ブレーク・イーブン・インフレ率)を計測し、これが期待インフレ率であるとする。

BEI=名目金利-物価連動債(ILB)の利回り (2)

 仮に(2)式における「物価連動債の利回り」が(1)式における実質金利に等しければ、(2)式で算出されるBEIは、期待インフレ率を表していることになる。

(2)式によるBEIは、10年国債について日本相互証券によって計測されている。その推移を見ると、次の通りだ。

 25年4月24日に1.1%だったものが、5月28日には1.6%と急上昇している。

 だから、最近時点での長期債利回りの上昇は、このようなインフレ期待の変化によってもたらされた可能性が高い。

 ただし、次の2点に注意が必要だ。

 第一に、最近時点でのBEIの上昇率はゆるやかだ。

 10年国債のBEIは、22年の初めには1%程度だったが、23年に上昇し、6月には1.2%を超えた。その後ゆるやかに上昇したが、24年の7月頃から下落した。その後再び上昇したが、25年4月に再び下落した。前述した急上昇は、その後に生じた変化だ。

 つまり中期的に見れば、大きな変化は22年に起きているのであり、最近の変化ではないということになる。

 注意すべき第二点は、測定されたBEIの変化は、現実のインフレ率の変化に比べるとかなり小さいことだ。

 10年国債の利回りは、22年には0%だったが、最近では1.5%程度だ。この間に1.5ポイントほど上昇した。

 一方、この間のBEIの上昇は0.6ポイント(1.6-1.0)程度だ。だから、BEIの変化だけでは、利回りの上昇を説明できないことになる。

 これはさまざまな要因による。一つはBEIと期待インフレ率の間にズレがある可能性だが、それ以外に「現実のインフレ率が高くなっても、人々はすぐにはインフレ期待を変えるわけではない」可能性もある。

 そうだとすれば、最初に述べた長期国債の利回り急騰問題は、期待の変化によっても十分に説明できないことになる。

 しかも、ここで計測したのは10年債に関するものであり、40年債については、物価連動債がないので、直接に計測することができない。

 超長期債利回り高騰の謎は深まるばかりだ。

財政拡大続けば金利上昇と円安の連鎖に
日銀の対応が後手になれば制御難しく

 長期金利急騰の原因は完全には解明できないが、それが問題であることは間違いない。政策面での今後の焦点は、以下の点にある。

 第一は、財政政策との関係だ。高インフレ下で財政支出拡大を志向すれば、金利上昇と通貨価値下落のスパイラルに陥る危険がある。

 第二に、期待インフレ率が持続的に上昇した場合、日本銀行の対応が後手に回れば、長期金利の制御が難しくなる可能性がある。

 超長期債の利回り高騰は、日本にとって一過性の現象ではなく、期待インフレ率の構造的な上昇を背景とした長期的トレンドの始まりである可能性がある。これは、金利コストの増大、財政負担の拡大というリスクをはらんでいる。

 今後、政策当局および市場参加者は、国債市場が財政・金融政策の持続可能性を問う新たな局面に入ったと認識すべきだ。日本でも「債券自警団」が牙をむくかもしれない。

 長期金利の上昇は、日本経済の目覚めの兆しなのか、それとも新たな不均衡の始まりなのか? その行方を注視する必要がある。