こうしたフェーズごとのKPIの変化を意識していないと、ある種の「指標信仰」に陥る危険性があります。いつまでも「PV(ページビュー)」や「DAU(デイリーアクティブユーザー)」を追い続けるなど、KPIが目的になってしまうと、ユーザーの価値体験を測る手段という本来の意義が忘れられてしまうのです。
だからこそ、KPI自体も仮説と検証のサイクルの中に組み込む必要があります。「いま追っているKPIは、本当にこのフェーズにふさわしいか」「この指標はNSMに寄与しているか」といった問いを定期的に立て直すことが、KPI運用の質を保つ上で重要です。
KPIは単なる運用ルールではなく、組織の思考の癖や判断基準を映す鏡でもあります。変えることに臆することなく、むしろ積極的にKPIを「問い直す」文化を育てることが、プロダクトを健全に育てるための土台となるのです。
「組織のOS」KPIは
組織文化を決定づける設計思想
KPIは、プロダクトの価値を捉え、分解し、現場の行動に落とし込み、その全体構造を設計し、運用する仕組みそのものです。
KPIを一言で表すなら、「組織のOS(オペレーティングシステム)」と言えます。OSがコンピュータのすべてのアプリケーションを制御するように、KPIは組織のあらゆる判断、行動、リソース配分に影響を与える基盤的な設計思想だからです。
OSが処理の優先順位やリソース配分を制御するように、KPIは組織の注力点を決め、限られたリソース(人、時間、予算)の配分を導き、行動の制限も設けます。
そして何より、これらを通じてKPIは組織文化に深く影響を与えます。
KPIに基づく判断や行動が繰り返されれば、それは組織にとっての「ふるまいの前提」になります。「この会社ではこれが評価される」「この数字を上げるのが仕事だ」という共通認識が形成され、それが文化へと育っていくのです。
KPIは、組織がどう動き、どう考えるかを決定づけます。だからこそ、KPIは設計された瞬間から、文化の一部となります。そしてその設計思想が適切でなければ、プロダクトやビジネスの方向性もまた、ズレていってしまうでしょう。
私たちがKPIを見直すことは、OSをアップデートすることと同じです。「何を重視するか」「何を許さないか」「何を促すか」という設計思想を、今の環境と目的に照らして再構築する行為なのです。KPIを自分たちのOSとして捉え直すことこそが、プロダクトと組織の進化の第一歩になるはずです。
(クライス&カンパニー顧問/Tably代表 及川卓也、構成/ムコハタワカコ)