第一の要因として、まず、コロナ禍によって人々の価値観が変化したことが挙げられる。
仕事より私生活の充実や家族とのきずなを優先し、「収入よりも家庭や生活の質を重視する」という傾向が強まったことだ。リモートワークの普及によって、従来なら都市で長時間働いていた層の一部が住宅条件や自然に恵まれた地方に移住して、ワークライフバランスを志向するようになった。
第二の要因として、労働環境への不満がコロナ禍をきっかけに噴出したことが挙げられる。とりわけ低賃金のわりに危険性の高い飲食などの対面サービス業、物流、医療などの職種で大量離職が発生している。
コロナ禍では社会に不可欠な仕事であることが明らかになったにもかかわらず、その後も待遇改善がほとんどなされなかったのである。
第三の要因として、パンデミック時の失業保険や現金給付金の拡充などが生活に余裕を与えたことだ。多くの人がその期間を利用して転職活動や再教育を行い、特に引退世代に近い人たちを中心に従来の仕事に戻らない選択をしたことも大きな原因となった。
アメリカ労働省によれば、2021年だけで4700万人以上が自発的に退職したという。離職者の一部は「労働市場から完全に退出」した。女性の中には育児や介護を理由に再就業を断念する人も多く、労働参加率の回復を妨げる要因となっている。
これはアメリカ流の「流動性重視」から、日本的な「定着重視」への転換を意味する。
すなわち、コロナ禍で家族に接する時間が増え、時間的な余裕ができたことで、これまでの流動性の高い雇用環境に対しネガティブな感情を持つ人が増え、安定した職場環境を求める人が増えたわけである。
この現象こそが「雇用市場の日本化」を進めた最初の大きな契機だったと考える。
アメリカの雇用市場では
「新卒採用」がさらに狭き門に
グレート・レジグネーションから3年余りを経て、アメリカ社会の雇用と移動の構造はさらに変質している。
アメリカ企業のほとんどは日本のような「新卒一括採用」をおこなっていないが、これは大学などである程度の専門性を身につけてから、「即戦力」として活躍することを企業が求めているからである。
これは企業が育成コストを嫌い、経験者を優先的に採用する傾向を強めていることを示している。育成することを完全に放棄したアメリカ企業が以前より増えたことが見て取れる。
これは長期的には大きな問題をはらんでいる。新卒が就職しにくい環境は、「新卒でよい仕事に就いた者」と「新卒で不安定な職にしかつけなかった者」のあいだに格差を生み出しやすいからだ。
さらに、ミシガン大学の長期追跡調査によれば、新卒時に不安定な仕事に就いた人は、その後10年以上にわたり平均年収が15~20%低い水準にとどまるという。これは日本で問題視されてきた「非正規雇用のキャリアパス」と酷似しており、アメリカでも格差が固定化する危険性が高まっていることを意味する。