スウェットにコンバースの新社長は
白いポルシェで出社
A氏は会社に戻ると、10人弱のスタッフに株式の譲渡を報告した。法務局から戻ってきた新社長のM氏も紹介し、「この人のもとで頑張ろう」と呼びかけた。
M氏は翌日から黒いスウェットにコンバースのスニーカーというラフな姿で出社し、執行役員として残るA氏と机を並べた。
近くに家賃17万円台のマンションを借り、白いポルシェ・カイエンで通勤。昼食はギョーザやお好み焼きを2人でよく食べたが、夜の会食は歓迎会で焼き鳥店に行った1回きりだった。
会社の資金管理が、M氏のおもな役割だった。現預金は保険の解約分も含めて2000万円ほどが引き継がれた。それを元手に、報告された支払先に代金などを振り込み、売り上げなどの入金を確認する。オフィスにいる間は静かにパソコンを眺める時間が長く、他に何をしていたかはよくわからないが、いちど覗き込んだ画面にはドルと円の為替相場を示す折れ線グラフがあった。
契約前にうたわれたように、M氏が靴をインスタグラムで宣伝したりオンラインストアで売り出したりしたような形跡はうかがえない。そうしたノウハウがM氏にあるのかもわからない。M&Aによる「相乗効果」は、A氏には見当たらなかった。
そして遅くとも2024年春には、さまざまな異変が噴き出した。
公庫融資の滞納どころか
電気料金すら払えない
A氏とM氏のLINEの記録などによると、2024年4月には社会保険料や市民税の未納通知書が会社に届いた。仕入れなどの取引先から、支払いを促す電話もよく鳴った。それをM氏に伝えるたび、すぐ対応するといった返事が返ってきた。
だが、5月には催促の内容が深刻化していく。
数千円の電気料金や融資の利息返済が「口座から引き落とせない」と連絡があった。日本政策金融公庫からは融資返済の滞納を通知された。この頃からA氏は催事販売での出張が増え、M氏は体調不良を理由に出社が少なくなり、「M氏と連絡が取りたい」という電話が方々から鳴りだした。
A氏も危うさに感づいていた。ただ、厳しく追及すれば逃げ出されかねない。そう考えて疑問を押し隠し、必要な支払いを促し、経営者保証をM氏に移す手続きを進めることに腐心した。







