こうして私は、テネシー大学工学部へと留学することとなったのである。同大学では原子力工学科に所属し、原子力工学(nuclear engineering)で修士号を取るつもりだった。修士論文に関する研究は2人の仲間との共同研究となり、修士課程の最後の1年は、テネシー大学から30~40マイルほど離れたところに現在も存在する「オークリッジ国立研究所」で過ごした。
オークリッジ国立研究所は第2次世界大戦中、アメリカの原爆製造計画である「マンハッタン計画」の一部に組み込まれていた。同計画は極秘中の極秘研究であったため、まさかまともに「Atomic bomb manufacturing research(原子爆弾製造計画)」などとはよべず、暗号めいた「Manhattan project(マンハッタン計画)」と呼称されることとなったのである。
オークリッジ国立研究所は、「研究所」というより「工場」といった印象を覚える場所だった。オークリッジの山奥にある施設は3つの部門から成り、各部門がそれぞれ東京大学・本郷キャンパスくらいの規模を持っている。1つの部門から他の部門に行くのに車を使うほどの距離があった。この3つの部門全部が「オークリッジ国立研究所」と称されていたのである。
原子爆弾の製造工場であるが故の
セキュリティー・クリアランス
そのオークリッジ国立研究所で私は、生涯忘れることのできない苦い思いを経験した。
同研究所が設立された目的は、おもに原子爆弾に必要な材料(たとえば濃縮ウラン)を研究・製造することにあった。最終的な原子爆弾の製造は、ニューメキシコ州にあるロス・アラモス国立研究所でおこなわれたが、テネシー州オークリッジで製造された「濃縮ウラン」は真夜中にこっそりと貨物列車でロス・アラモスまで運ばれた。
ロス・アラモスは極秘に計画された原子爆弾の製造工場であるため、それに関するすべての事項、また、それに関わるすべての人たちに対して「セキュリティー・クリアランス(security clearance)」が要求された。セキュリティー・クリアランスに該当する単一の日本語はないようだが、辞書やインターネット等の情報から要約すれば、「国家機密等の秘密にすべき極秘情報――たとえば、政府が保有する安全保障上の重要な情報にアクセスできる人物の適格性を確認し、秘密情報を取り扱う資格を与えること」となる。







