世界的なデザイン賞が見た「日本の可能性」、デザインで産業の国際競争力を取り戻すために必要なこととは

世界三大デザイン賞の一つ「Red Dot Design Award」と、日本インダストリアルデザイン協会(JIDA)が協力関係を結んだ。これにより、日本の企業やデザイナーが世界最高峰のデザイン賞へアクセスしやすくなるだけでなく、「質を評価する」国際基準の視点が日本の産業界に新たな刺激をもたらすと期待されている。今回の提携をコーディネートしたJIDA元理事長で、同アワード審査員の田中一雄氏に、提携の背景と日本企業がデザインで競争力を生み出すためのヒントを聞いた。(聞き手/音なぎ省一郎、撮影/まくらあさみ)

日本のデザインは何を失い、何を取り戻そうとしているのか
世界的なデザイン賞との提携が投げ掛ける問い

――世界的なデザイン賞「Red Dot Design Award(以下、レッドドット賞)」と日本インダストリアルデザイン協会(JIDA)が提携しました。まず、このレッドドット賞とはどういった賞なのでしょうか。

 レッドドット賞は、ドイツ・エッセンを本拠地とする世界的なデザイン賞で、iFデザイン賞(ドイツ)、IDEA賞(米国)と並ぶ「世界三大デザイン賞」の一つとされています。プロダクトデザイン、コミュニケーションデザイン、デザインコンセプトの3部門で構成され、毎年世界中から数万件規模の応募が集まります。中でもエッセンで行われる、工業製品を対象としたプロダクトデザイン部門は世界最大規模で、“Evaluating Quality of Design(デザインの質を評価する)”という理念を掲げています。受賞すれば、デザインの質を世界基準で認められた証明にもなります。

――そのレッドドット賞とJIDAが提携した意義は、どこにあるのでしょうか。

 レッドドット賞が他のアワードと違うのは、この理念の通り、デザインの「質」そのものをプロの目で徹底的に審査することです。つまり、社会的価値やビジネス的価値を踏まえつつも、「どれほど完成度が高く、造形的にも優れているか」を大切にしています。そこに、現在の日本のデザイン界がもう一度学ぶべき視点があると思っています。

 今回、JIDAがレッドドット賞と提携したのは、まさにその“質を評価する文化”を日本に根付かせるためです。

――「質」を評価する視点は、日本のデザイン文化の中にも存在してきたと思います。それでも今、改めてその重要性を強調されるのはなぜでしょう。

 もちろん、日本にも、造形の完成度やモノづくりの質を評価する土壌はありました。戦後の工業製品が発展する過程では、細部へのこだわりや仕上げの精度にこそ日本らしさがあり、例えばグッドデザイン賞も、その価値を示す仕組みとして機能していたと思います。

 ただ近年は、デザインの定義や対象が広がったことで、何を評価するのかが見えにくくなっています。社会課題への貢献やインクルーシブデザインなど、多様な観点が入ってきた結果、「質」のウエートが相対的に下がってしまった。デザインの可能性を広げる流れは必要ですが、それと同時に、モノの完成度や造形の美しさを正当に評価する場も残しておかないと、デザイン全体の水準が下がってしまいます。

 今回のレッドドット賞との提携には、その意味で「デザインの『質』とは何か」を改めて問い直す意図もあります。