高齢者だけが認知機能検査を
強いられるのは不公平で非合理
亡くなった義理の兄もかつて受けた認知機能検査の結果は満点だったそうです。でも、しばらくして本人が「自分は運転には向いていない」と感じたようで、結局免許は自主返納していました。
つまり、認知症かどうかと、運転に不適格かどうかは本来別の概念なのです。それでも実際は、認知機能検査の成績が悪かった場合は専門医の診断を受け、そこで認知症の診断を受けたら、免許は取り消しとなります。
高齢者だけに認知機能検査を行うシステム自体も基本的人権の侵害ではないかと私は思っているのですが、少なくとも、年齢だけを理由に免許返納を無理強いするような風潮は許されていいはずはありません。
もちろん、年齢を重ねれば反射神経や注意力が落ちやすい傾向があることは事実ですが、だからといって高齢者だけが危ないわけではありません。若い人の中にも注意散漫だったり、頭に血が上りやすかったりして、重大事故を繰り返し起こす人はいます。
つまり、本当に痛ましい事故を減らすのが目的であるのなら、年齢にかかわらず、運転するにふさわしい適性が維持できているかをチェックする必要があるのです。
だから本来であれば、若いからといって簡単に更新させるのではなく、すべての人に対して注意力や判断力の検査をするほうがよほど合理的なんですよ。高齢者だけに免許の返納を迫ったって、本質的な解決にはなりません。
もちろん自分の運転に不安を感じるようになったらやめたほうがいいですが、世の中のネガティブなプレッシャーに屈する必要はありません。
私も、自分でもう無理だと判断しない限り、免許は更新し続けて、この先も車は運転し続けるつもりです。まだ十分にできることを自ら手放すようなことをすれば、無駄に老いを加速させるだけですからね。
「老人=老害」の色眼鏡のせいで
年寄りの自由が奪われている
ここまでの話でもわかるように、体そのものの老いよりもむしろ厄介なのは、社会がつくり上げる「老い」のほうです。







