その後、政府は小渕政権下で「金融再生法」を成立させ、厳格な資産査定を実施して、不良債権の範囲を正確に線引きし、銀行の国有化や大規模な公的資金注入を断行した。もう一歩遅れれば、日本発の世界的金融危機すら起きかねないタイミングだった。

 日本のデフレが長引いた理由としていくつかの原因があるが、最も大きかったのは、「痛みを伴う改革」に日本国民が賛同しなかったことが大きかった。

 いわば「民主国家ゆえの弱さ」の発露だったと言うこともできよう。

 ただし、小渕政権の起死回生の政策でも、日本経済はデフレ脱却には至らなかった。それは不良債権処理が長引いたことで、氷河期世代を生み、少子化を加速させたことが大きかった。

 不良債権処理が遅れたゆえに、その後遺症も長引くことになったのである。

中国の不良債権は
「地方政府」にある

 中国経済が論じられる折に、しばしば「中国は日本のデフレ不況をよく研究しているので、同じ轍を踏むことはないだろう」と言われてきた。

 だが、日本のデフレ不況を学んでいるのであれば、内需拡大を怠り、生産力のみを突出させ、インフラ過剰投資を惰性で続けるといったことはやらなかったはずだ。中国は日本の失敗に全く学んでなどいないのである。

 実際、日本とは違って、中国は習近平主席に権力が集まる強権国家であり、習指導部が「デフレ脱却」に舵をきればすぐに対策が打てるはずだ。だが、それができない事情がある。

 その最たるものが、不良債権の在りかだ。

 日本の不良債権は民間企業や民間銀行に集中しており、最終的に公的資金を使って処理することが可能だった。日本の場合、不良債権処理が遅れたから不況が長引いたのであって、処理自体はいつでも可能だったのである。

 それに対して中国では不良債権の中核が、地方政府融資平台(LGFV)や地方国有企業、国有銀行や政策金融機関など、中央政府や地方政府の関連企業や金融機関に集中しているのである。

 もし現在の状態で、習指導部が小渕政権のような徹底した不良債権処理をすれば、地方政府の政策判断の誤りと共産党主導の成長モデルの失敗を公式に認めることになってしまうのである。

 過去の経済政策の失敗を認めれば、求心力が落ちた状態で政権を維持しなければならないが、それはほぼ不可能だろう。「政権交代」が制度的にない以上、失敗のあとに来るのはクーデターのみである。

 日本では不良債権処理は「経済政策」にすぎないが、中国ではまさに「自己否定」だ。