そうやって「正しくないことは悪いこと。正しければ母親からも、誰からも受け入れてもらえるから、正しくいなければいけない」と考えるようになってしまったのです。

 一見、「正しいならいいじゃない」と思えるかもしれませんが、その「正しさ」は彼女自身の基準ではないのです。お母さんが求める「正しさ」に応え、先生が求める「正しさ」に応え、周りの友達が求める「正しさ」に応えているだけ。

 ひとみさんは幼少期からずっと「良い子」で、小学校では成績が良く、中学受験をして進学校に入りましたが、成績優秀な子が集まる学校では、優秀で居続けることができません。そうやって「正しくいられなくなった」ひとみさんは、14歳で不登校になり、高校には行きませんでした。

 そのことによって自分自身を責める日々を送りました。それでも「仕事をしなければ、お母さんがイライラしてしまう」と、どうにかコンビニのアルバイトに就くのですが、そこでさえ「みんなの求めることに応えなければ」と頑張りすぎて、「今日は人が少ないから」と頼まれれば2週間でも連続で勤務してしまう。すぐに心身ともに限界が来て、やめることになってしまいました。

愛着関係が築けてない人は
自分の気持ちを優先できない

 愛着の研究では、安定した愛着関係、良い親子関係ができている人は、状況に応じで公正に判断ができます。ですから例えば、「明日もバイトに入ってね」と言われても、「ごめんなさい!連続勤務しすぎているので、明日は休みます」と断れる。ところが、安定した愛着関係が築けなかった人は、期待に応えることに価値を見出してしまうので、判断ができない。そこには、「期待に応えない自分は生きる意味がない」という確固たる信念があるからです。「価値がない自分は断るとクビになる」「クビになったらもう働く場所がない」など、ネガティブなループに入ってしまいやすいから断れない。

 人との関係のとらえ方の差は、4歳時点ですでに愛着関係の差によって表れるという研究もあります。保育園の中で、走っていた子が他の子どもにぶつかって「ごめんね」と謝ったときに、「いいよ」とすぐに許す子どももいれば、「わざとぶつかったんでしょ!」と怒り出す子どももいるでしょう。