どちらも一般的な反応ですが、中にはただそこにいてぶつかられただけなのに、「ううん、ごめん。ぼくが悪かったんだ」と謝ってしまう子どもがいます。いつも、自分から引いてしまい、こうした子どもは、何かあると何でも自分が悪いんだと思ってしまう傾向があります。
でも、そうではないですよね。ひとみさんの場合も、たとえ母親が疲れてイライラしていたとしても、それは母親自身の問題。ひとみさん自身が疲れているのであれば、ひとみさんは休んでいいのです。自分がどうしたいかで、決めていいのです。疲れたら休んでいい。眠かったら眠っていい。おなかがすいたら食べていい。自分の気持ちを優先していい。
条件付きで認められると
安定した関係を築きにくい
例えば母親、あるいは養育者が、いつも「あなたはリーダーになりなさい」と、あなたに求めたとします。あなたはリーダーになりたいわけではないのに、リーダーにならなければ、認めてもらえません。あなたは認めてもらうために、頑張ってリーダーになります。それで、「あなたはリーダーになれたからそれでよろしい」とほめられて、うれしいでしょうか。
期待に応えられて、ホッとはするかもしれません。でも、安心できるでしょうか。この人に守ってもらえる、自分の味方だという愛着関係を築けるでしょうか。きっと、認められたけれど、不安は残ります。なぜなら、あなたは、あなた自身が認められたのではないことをわかっているからです。「リーダーであるあなた」という条件付きでなければ認められていないことがわかるからです。
もし、あなたがリーダーになれなかったら、「リーダーになれないなんて、私の子どもじゃない」と怒られるかもしれません。あなたは自分が悪いと思いますか?期待に応えられない自分はダメなのでしょうか。認められたとしてもあなたが心から安心できないように、その関係の持ち方は歪んでいます。子どもは誰でも、条件付きで認められたり、愛されたりするべきではありません。







