うたう度にこの歌詞のすごさを味わう。
1978年、彼女はまだ26歳だった。私から何を受け止め、この歌を紡いだのだろう。北海道という極寒の地で生まれたからこその風景を、私の原点に重ねたのだろうか。
こんな言葉が思い出に残っている。
「北海道は広くて広くて、向こうから吹いてきた風がどこにもぶちあたれなくて、仕方なく地の果てまで吹いていくようなところなんです」
それからも会いたいな、とずっと思っている。でもこの歌がある限り、もう会わなくてもよいような気もして、いつの間にか時が経った。
うたう度に、みゆきさんの心には触れているから。
始まりは22歳になった中森明菜の
“不機嫌そうな”ひとこと
もうひとりの魔女、中森明菜さん。
彼女との出会いも、テレビの彼女のアップに惚れたのだった。
1987年。明菜さんはもう大ヒット中で、ベストテン番組で彼女の出ない週はなかった。そんなある番組で22歳の誕生日をみんなにお祝いしてもらっていた彼女が、なんとなく不機嫌そうに言った。
「22歳って歌でもあんまりいいことがないんですよね」
「あ、そうなのか」と思わず叫んでいた私。
ずっとデビューから注目していた人ではあったけれど、もう私の心は止められなかった。
デビュー当時の「少女A」から舌を巻いていたが、1984年の「飾りじゃないのよ涙は」、85年「ミ・アモーレ」、86年の「DESIRE-情熱-」……、1つの歌を映画のように深く描き切る力に脱帽だった。
彼女の「22歳」という言葉が心に刻まれた時、私は1つの考えにとりつかれた。
1984年のアルバムに収録した歌で、ステージでは必ずうたうものの、何かもの足りなさを感じていた曲があった。
20歳の恋が終わった時に味わった絶望感、痛さ、惨めさ。それがこの歌だったけれど、私は44歳になっていた。もう恋に傷ついてボロボロになるなんて似合わないのかも。そう思うと、この歌をうたうべきなのは私じゃない、という声が聞こえてきた。







