
2026年3月末から「経済価値ベースのソルベンシー規制」と呼ばれる新たな健全性規制が導入された。連載『ダイヤモンド保険ラボ』の「プロフェッショナル・レポート」では、初期の段階から新規制導入に向け、有識者会議などに参画してきた専門家3人による鼎談を前編と後編に分けてお届けする。まず前編では、国際動向を踏まえた導入の経緯と保険会社への影響について詳報する。(聞き手/ダイヤモンド編集部副編集長 藤田章夫、ダイヤモンド編集部 高野 豪)
導入まで20年の裏に「金融危機」
国際資本基準と平仄合わす
――20年近くを経て、ようやく導入された「経済価値ベースのソルベンシー比率(ESR)」ですが、なぜ導入するまでこれほどの時間がかかったのでしょうか。
森本祐司氏(以下、森本氏) 2008年のグローバル金融危機(いわゆるリーマンショック)が一つの要因です。金融危機前までは、日本と欧州は、経済価値ベースの健全性規制に対する方向性が一致していたと思います。
ところが、金融危機後に欧州では政治から「待った」の声が掛かりました。単純に将来キャッシュフローで割り引くと、負債の価値が大きくなり過ぎるため、「もっと手心を加えるべきだ」という論調が強まり、混乱を招いたというのが一つあります。
その後、13年10月に保険監督者国際機構(IAIS)が、国際的な保険グループを対象とした資本規制である「国際資本基準(ICS)」を作ることとなりました。
ICSは、全体像としてはいいベンチマークでしたので、金融庁もそれに追随した方がいいと判断したのでしょう。結局、IAISでの検討に相当の時間がかかり、ICSが採択されたのは24年12月のことでした。ESRの導入も、この時期に合わせたのだと思います。
――もっと早く導入できなかったのでしょうか。
松山直樹氏(以下、松山氏) 欧州では16年から経済価値ベースの健全性規制である「ソルベンシーⅡ」が導入されました。IAISによるICS導入の議論も、これにかなり似せた形で進みました。
森本さんがおっしゃる通り、ICSの導入時期に合わせる形で金融庁がESRを導入したということです。ただし、ICSは国際的な保険グループに限定した話ですが、日本のESRは全ての保険会社にフラットな形で導入した点が違うところだと思います。
植村信保氏(以下、植村氏) 金融庁の検討チームが議論を重ねていた06~07年ごろは、本当に10年とか12年に導入できるかはさておき、もう少し早く導入できるのではないかと考えていました。当時、海外の規制をベンチマークとするといえば、EU(欧州連合)ぐらいしかありませんでしたので、日本独自で何らかの規制を作っていくのだろうと思っていました。
しかし、実際にふたを開けてみると、結局ICSをほぼそのまま使う形になりました。金融庁で仕事をした経験がある身としては、何かそうした強力なベンチマークがなければ、新たな枠組みの導入は難しかったのだろうと感じています。
一方、ICSをそのまま使う国は、日本とアジアの数カ国かしかありません。結果として「自国の規制なのに自国だけでは見直しが難しい」という制約を抱えることになってしまいました。
次ページでは、新規制導入に当たり金融庁で行われた検討チームや有識者会議に名を連ねた3人がESRの基本的な考え方や見えてきた課題について、徹底的に深掘りする。また、金利上昇に伴い表面化してきた「大量解約リスク」や、近年の「内部モデル」見直しへの違和感を浮き彫りにする。







