私の最初の試練
最初の試練は、代表執行役専務財務担当に就任した2011年6月22日の直後である。突然、佐々木則夫社長から呼びつけられ社長室に行ったところ、「お前はどっち向いて仕事するつもりだ」との問いかけ。私が意味を理解できずに黙っていると、「経理担当専務は、社長の考えのもと動かなくてはいけない。会長ではないぞ。肝に銘じておくように」。佐々木社長はそれだけ言い放つと書類を読み始めたので、私は一言も発することなく社長室を退出した。
取締役会で激しい言い争い
それからしばらくたった2011年9月、西田厚聰会長が推進した連結配当性向30パーセントに対し、佐々木則夫社長は「30パーセントには合理性はない、新しい配当基準を提案するように」と財務部に指示した。
私久保は過去、財務部長時代に、より合理的な配当基準として30パーセントに定めたことを西田社長(当時)に説明した経緯から、佐々木社長に「30パーセントは問題ないと思います」と発言した。佐々木社長は、「お前が、過去に提案したことくらい知っている。だから就任時に、どっち向いて仕事をするつもりだ、と言ったのだ。お前は、ただ社長の考えをどうしたら実現できるか、だけを考えて動けばよいのだ。もし従わなければ承知しない」と強い叱責を受けた。
2012年4月下旬になり、佐々木社長に命じられ西田会長に連結配当性向30パーセントを止める提案を取締役会に諮(はか)ることを説明に行くと西田会長は、「自分の意向で配当方針を変更するのに、なぜ佐々木は直接説明に来ないんだ」と言ったきり、そのあと私の説明が終わるまで不機嫌そうな顔をしていて何の発言もなかった。
佐々木社長に、「会長にご説明しましたが、ご納得頂けないようでした」と報告すると、すぐさま、「お前の説明が悪いからだ」と叱責された。
2012年5月8日、取締役会当日、配当方針変更議案の冒頭は私が主旨説明を行ったが、すぐに西田会長が反対意見を述べ始めた。当然私は、西田会長と議論するつもりはなかったので黙っていると、佐々木社長が答えはじめ、二人の議論は激しさを増しながらしばらく続いた。







