このままでは会社が倒産する――
反故にされた契約書
大手と中堅のM&A仲介会社で、通算キャリア10年以上のベテランのM&Aコンサルタントは、次のように話す。
「家業の行く末や従業員の未来、株式譲渡価格うんぬんよりも、とにかく連帯保証から解放されて楽になりたいという経営者は意外に多いですよ。社長が高齢になったので、社長の奥さんが保証を外してほしいと会社に願い出るというケースもありました。そういう事情も、事業承継が増える要因になっていますね」
向笠社長が締結した株式譲渡契約書の「誓約事項等」には、向笠建設の債務に係る保証は、株式を譲渡した後、3カ月以内に解消する旨が明記されていた。
向笠社長は、次第に不安に駆られていった。
資金は抜き取られ、このままでは会社は倒産するかもしれない。そうなれば、連帯保証している自分はどうなるのか――。
頼みの綱だった城北信金は、追い詰められつつあった向笠建設の異変に気付いていたのだろうか。向笠社長は次のように話す。
「ルシアンHD取締役は城北信金へ、3月中に負債を全て返済することを伝えていました。私は実際、城北信金から『借入金を全て返すそうですね』と言われています。だから連帯保証もそれに伴って解消されるだろうと聞きました」
そんな中で、最も恐れていたことが起こってしまう。
破壊された協力会社との信頼関係
典型的な“吸血型M&A”の手口
向笠社長は続ける。
「2023年10月あたりからお金が厳しくなって、協力会社さんに対して不払いが発生してしまいました。ルシアンHD取締役に対して、協力会社さんへの支払いをどうするんだと聞くと、『25日までに払う』と。その次は『月末までに払う』と言っていましたが、結局最後まで支払うことができませんでした」
タイミングが悪いことに、不払いが発生したのは、公共工事を約3億円で落札した時期だった。
不払いが発生したという一報はすぐに協力会社に伝わり、その多くが蜘蛛の子を散らすように、向笠建設から離れていった。向笠社長は、当時をこう振り返る。
「みんな『忙しい』と言って、仕事を断ってきました」
長年仕事を通して信頼を育み、チームを組んで工事を受注してきた協力会社との関係は壊れてしまった。それだけではない。せっかく落札した公共工事にも手がつけられない状況に陥っている。
向笠建設は、典型的な“吸血型M&A”の餌食になっていた。
さらに、このルシアンHDによる混乱はこれだけは終わらなかった。
(※本稿は片田江康男記者の新刊『社喰い』(ダイヤモンド社)を抜粋・編集した記事です)
記者。1979年東京都生まれ。2003年ダイヤモンド社に入社。2006年より『週刊ダイヤモンド』記者。これまで取材したテーマは東日本大震災後の東京電力問題や、大手生命保険会社における金銭詐取問題など。2021年からM&A業界を取材。M&Aのダークサイドに踏み込んだ『社喰い』(ダイヤモンド社刊)が好評発売中。
Key Visual by Kaoru Kurata, Kanako Onda







