これまで使ってきた「働く人のココロのケア」という言葉は、私たち専門家のあいだでは「EAP(Employee Assistance Program)=従業員援助プログラム」と呼ばれ、アメリカでは多くの企業が取り入れています。

 EAPは、働く人の心をはじめ、健康面などさまざまな問題を解決することで、会社全体の生産性を高めることをめざすシステムです。

EAPが
アメリカを元気にした

 このEAPがアメリカ社会に広まった背景には、ベトナム戦争後の国の混乱がありました。不況やリストラ、PTSD(心の傷によるストレス障害)によって人々の心は荒れ、麻薬依存やアルコール依存症、うつ状態の人などが爆発的に増加。その影響は、当然産業界にも及び、企業経営者から一般社員まで、多くの働く人の心は不安定になり、会社の業績はすっかり落ち込んでしまったのです。

 EAPは当初、アルコール依存症の社員を救うことを目的に取り入れられました。1970年代のことです。その後、レーガン大統領が医療改革の一環として、各企業はEAPをもっと積極的に取り入れるべきだという方針を打ち出します。働く人一人ひとりが心の問題を解決してみんなが一歩前に進むことができたなら、企業ひいては国も元気になるはずだと考えたわけです。

 その効果もあって、EAPは社会に普及していき、扱う問題も、健康な人が職場で感じるストレス、夫婦・家庭問題、対人関係、キャリア問題、ライフスタイルなど、どんどん広がっていきました。

 そして今では、アメリカの経済誌『フォーチュン』が選ぶ「国内優良企業ベスト500社」のうち、なんと90パーセント以上の企業がEAPを導入しているというくらい、社会に深く浸透しているのです。また、企業にEAPサービスを提供する側の会社も、現在では1万3000社以上もあり、アメリカの一大産業になっています。

 アメリカは「エビデンス」、つまり目に見える効果を重視する国です。いくら国が推進したところで、効果が出なければ1年か2年で終わってしまいます。多くの会社が、従業員へのメンタルヘルスケアについて、コストパフォーマンスや利益とのつながりなどの点から検証しました。

 たとえば、EAPを取り入れたことで、自殺者がどれくらい減ったのか、あるいは事故や損失がどの程度減って、どれだけ生産性が上がったかをチェックしたのです。その結果、大きな成果をあげる企業が続出しました。

 たとえば、ゼネラルモーターズの場合、北米社員4万4000人を対象に実施したデータですが、EAPを導入した1年で、

(1)欠勤などによる労働時間のロスを40パーセント
(2)病気と事故による医療給付金額を60パーセント
(3)社員からの苦情を50パーセント

 の削減に成功しました(出典:Economic Impact of Worksite Health Promotion. Opatz, J. P., 1994)。

 そんなアメリカでの成功を受けて、最近では日本でもEAPというものの必要性が認識されるようになってきました。アメリカとは異なる日本固有の企業体質に配慮した形で、いくつもの実績を挙げつつあります。