「もうこれで十分」はまだ早い
自主規制には限界がある
――相次ぐトラブルを受けて、国やM&A業界も対策を進めています。現在、業界はどこまで変わったのでしょうか。
藤田:まず、24年8月に国が「中小M&Aガイドライン」を改定しました。それに応じてM&A業界も自主ルールを変えたり、問題のある買い手企業について情報共有を始めたりしました。対応はかなり迅速だったので、そこは素直に評価していいと思います。
ただ、そうしたトラブルについて一番よく知っていたのは、そもそも業界団体に所属するM&A仲介会社だったはずなんですよね。外部から指摘される前に、自分たちで問題を特定して改善できれば、もっとよかったとは思います。
あとは、トラブルが起きたときにどう振る舞っているか。仲介手数料を返金する会社もあれば、返さない会社もある。法的な責任を負うかどうかは別にして、株式譲渡契約で約束した経営者保証の解除さえ実行されないのに、「成功報酬」を受け取るビジネスがまかり通っていいものか。トラブル後の顧客対応についての議論は、まだ十分ではないと思っています。
――M&A仲介会社から成る「M&A支援機関協会」は24年10月から不適切な買い手企業を「特定事業者リスト」として管理するなど、自主規制に力を入れています。
藤田:トラブルの件数自体は、21年ごろから急増して、24年までがピークだったのでしょう。特定事業者リストは、仲介会社が悪質な買い手を排除する「フィルター」としてある程度は機能するでしょうし、その結果としてトラブルが減っている面もあるかもしれません。ただ、ゼロにはならない。そこは片田江さんと同じ意見です。
それに、先ほど片田江さんがおっしゃった報酬体系の問題も残っています。もちろん、成果を上げた人が評価されて給料が上がること自体は理解できます。でも、1件成約すると担当者に何百万円、場合によっては1000万円を超えるようなインセンティブが入る。金額があまりにも大きいですよね。それ自体がトラブルを引き起こす動機になり得るので、そこにはまだ危うさを感じます。
片田江:M&A支援機関協会が迅速に対応したというのは、私もそう思います。
ただ、M&A仲介会社が自分で自分を律するって、ものすごく難しいと思うんです。規制を強化するということは、これまでのビジネスのやり方を変えなければいけない。確認するステップを増やす、聞かなければいけないことを増やす、顧客に提示しなければいけないことを増やす。つまり、会社にとってはコストが増えるわけですよね。仲介会社の中には上場企業もあって、当然、成長を求められている。それ自体は悪いことではないんですけど、自分たちのビジネスをやりにくくするような規制を、自分たちで本当にかけられるのか。「自主規制団体をつくったから、これからうまくいきます」と言われても、「本当にそうですか」と。
――では、具体的にどうすればいいと思いますか。
片田江:本気で自主規制をやるのであれば、例えば理事を外部の弁護士や専門家だけで構成するくらいの仕組みにしないといけないんじゃないでしょうか。
問題のある買い手のリストを作って、業界内で情報を共有して、「皆さん気を付けましょう」と注意喚起する。それ自体はもちろんいい。でも、本当の意味で自主規制ができるのか。そこについては、まだクエスチョンマークが残っています。
藤田:トラブルを起こしたり、トラブルに関わったりして、それが報道されることは仲介業者にとって大きなリスクになる、という認識は業界にかなり広がったと思います。一方で、「より安全なサービスにするためにコストをかけよう」というインセンティブが、どこまで強くなっているのか。そこはまだ見えてこない部分かもしれませんね。
片田江:そうなんですよ。今はまさに業界が変化している途中なので、現状だけを見て「全部ダメだ」と決め付けるのも早いと思います。でも、業界の人から「もうこれで十分です」「自主規制団体はきちんと機能しています」「このやり方で問題ありません」と言われると、僕は「それはちょっと甘いんじゃないですか」と思うんですよね。M&A仲介会社が、本当の意味で「トラブルを防ぐ会社」に生まれ変わっていけるのか。そこはまだ、そう言い切れる段階ではないと思っています。
(※本稿は片田江康男記者の新刊『社喰い』〈ダイヤモンド社〉を記念した対談記事です)
記者。1979年東京都生まれ。2003年ダイヤモンド社に入社。06年より「週刊ダイヤモンド」記者。これまで取材したテーマは東日本大震災後の東京電力問題や、大手生命保険会社における金銭詐取問題など。21年からM&A業界を取材。M&Aのダークサイドに踏み込んだ『社喰い』(ダイヤモンド社)が好評発売中。
早稲田大学第一文学部卒業、同大学院アジア太平洋研究科修了後、2000年に朝日新聞社入社。盛岡支局を経て02~12年に「週刊朝日」記者。経済部に移り、18~19年に特別報道部、その後は経済部に所属。著書に『ルポ M&A仲介の罠』(朝日新聞出版)、『郵便局の裏組織 「全特」――権力と支配構造』(光文社)、『郵政腐敗 日本型組織の失敗学』(光文社新書)、『やってはいけない不動産投資』(朝日新書)、『日銀バブルが日本を蝕む』(文春新書)、『強欲の銀行カードローン』(角川新書)がある。
Key Visual by Kaoru Kurata, Kanako Onda







