“待ちの姿勢”が招く、人間関係の希薄化

 SNSで常につながっているように見える現代の若者たち──しかし、石田教授は、「オンラインでのつながり」と「リアルな関係性」はまったく別のものだと指摘する。

石田 最近の学生は、初対面でも、まずスマートフォンを取り出してSNSのIDを交換します。会話を重ねる前に、相手のタイムラインを見て、「こういう人なのだろう」とイメージをつくる。しかし、そこで見えているのは、本人が見せたいと思っている情報に過ぎません。雑談や何気ない会話が減ると、その人らしさに触れる機会も減ってしまいます。

 だからといって、学生たちが人とのつながりを求めていないわけではありません。実際、「コロナ禍で中止になった(私と学生同士との)懇親会を復活させてほしい」という声もあります。ただ、懇親会を企画して「盛り上がらなかったらどうしよう」「迷惑だと思われたらどうしよう」という不安が先に立ってしまう。だから、「誰かが企画してくれるなら参加したい」という“待ちの姿勢”になりやすいのです。

 この傾向は、企業で働く若手社員にも共通しています。「主体性がない」というよりも、自分から動くことで拒絶されたり、失敗したりすることへの心理的なハードルが高くなっているといえるでしょう。

 人間関係を築きたいという思いがあっても、自分から一歩踏み出し、試行錯誤する経験が減れば、コミュニケーション力は少しずつ衰えていく。石田教授は、こうした状態を「関係づくりの筋力が低下している」と表現する。

石田 人付き合いというのは、ある意味で練習が必要なものです。多少の気まずさや失敗を経験しながら、相手との距離感を学び、関係を築く力を身につけていく。しかし昨今は、そうした経験が極端に減っています。その結果、人と関係を築くこと自体に不安を感じたり、面倒に思ったりするようになってしまうのです。

 こうした状況で重要になるのが、「場」の存在だという。かつて、人とのつながりは、「場」を介して自然に生まれることが多かった。大学なら、教室や学食、バイト先。企業であれば、オフィスや休憩室、社員食堂など、「行けば誰かがいる場所」がその役割を果たしていた。

石田 私が大学生だった1990年代は携帯電話がありませんでした。人に会いたければ、とりあえず教室へ行く、掲示板を見に行く、学食や部室へ行くしかなかった。誰と会うかを決めなくても、「そこへ行けば誰かに会える」という場所があったのです。

 ところがスマートフォンが普及してからは、その順番が逆になりました。まず「誰と会うか」を決めてから場所を選ぶようになった。その結果、会いたい人や、会ってくれそうな人としか会わなくなってしまいました。

 以前であれば、たまり場には昨日少し気まずくなった相手や、それほど親しくない人もいました。そうした“ゆるいつながり”が自然と維持されていたのです。しかしいまは、そうした偶然の出会いが“ノイズ”として切り捨てられ、人間関係の幅そのものが狭くなっています。