あるとき、友人の「みーさん」という人が、

「牛尾くん、マイクロソフト向いてるんじゃない?」

 と言ってくれて、当時僕はまるで興味がなかったマイクロソフトを受けることにした。

 彼女は、僕をマイクロソフトの人に紹介してくれて、あれよあれよという間に面接を受ける運びになった。

 当初は、日本チームの予定だったのに、伊藤かつらさんという当時のトップの人が、「インターナショナルポジション」が空いたよと教えてくれた。目的が「英語」である自分はもちろん超絶大歓迎!というとても浅はかな理由だ。

 そして、僕は「受けた」のだ。

 面接を受けただけなので、何も苦労をしていない(面接官はどういう点を重視するだろうか、と想定をする作戦は立てたが、その程度だ)。

 大抵の人は「難しい」と勝手に思い込んで、受ける前にあきらめているように思う。

超優秀なエンジニアたちが
憧れの部署に入れなかった理由

 もう1つのエピソードを紹介しよう。

 僕はアメリカに移ったが、それでもプロダクトチームのプログラマーではなかった。しかし、僕はそれになりたかった。

 当時、AppServiceという部署に唯一の日本人がいた。彼はもちろん今も活躍している、河野さんという皆のあこがれの人だった。

 当時、MVPと呼ばれる、マイクロソフトから表彰されて特別な権利を持ったエンジニアがいて、彼らもたまにアメリカにイベントでやってきた。そんなとき、僕の何十倍も優秀なはずの彼らは、河野さんに口々に聞いていた。

「どうやったらAppServiceチームみたいな素晴らしいところに入れるのか?」

 そしたら、河野さんはいつも言っていた。

「面接を受けようよ」

 彼らはみんなそれを冗談だと思っていたみたいだ。みんなはたいていこう言っていた。

「いや~私の英語力では難しいよ」

「私の技術力だとまだまだ……」

 マイクロソフトから表彰されるレベルの人がだ。そして、河野さんが何年そういう話をしても、誰も受けなかった。

 だから、誰も入れなかった。

 次に誰が受かったかというと、何の才能もない、日本ですら通用しなかった僕だ。これは後でわかったことだが、僕と同時期に、僕より100倍すごいエンジニアが受けていたという。しかし彼は、落ちたそうだ。

 そのときに会社側が欲しかったのは、すごいエンジニアではなく、大学を出たての人を育てられるような、拠点を拡張している人材であったという。