完璧主義、潔癖主義でもいいですが、これは諸刃の剣の面があります。一面では人をゴールに向けて強く動機づけできますが、一方ではあまりに高い目標を設定することは失敗しやすくなることでもあるのです。
大体、私たちは誰もパーフェクトではありません、そんな私たちが全てに最高を求めるというのはそもそも、現実離れしていますし、負け犬意識や自己評価を下げることにもつながります。完璧でなければ自分の存在意義がない、なんて考えることは逆に失敗への必達の道になったりするのです。
完璧を求めるほど
心は不安定になる
完璧主義を手放すことで、全てを思い通りにすることよりも、自分の成長と向上に意識を向けることができます。自分の期待通りにいかない時、自分は内なる声からの激しい批判にさらされることがあります。その内なる批判を手放すことは大変です。
そんな時は気持ちを切り替えて前向きに考えるのも難しくなりがち。はっきり言うと、完璧主義が私たちをよい方向に導くのはきわめて稀で、多くはかえって人を脆く不安定にするのです。
ここで分かってもらいたいのは、進歩は直線的ではないということです。行き詰まっているかなと思うことが続き、気がついたら一歩成長しているものです。そんな時に、ちょっとした進歩も認め、それを喜ぶこと、たまに失敗してもそこから修正すること。それらが成長のために不可欠な要素となります。
人間は、大体、白か黒か、全てか無かの存在ではないのです。
あなたはこれまで、全てにおいて優れていることを期待され、成功することを求められてきませんでしたか?多くの人は子どもの頃からずっと勉強でもスポーツでも、容姿に至るまでそれを求められていたはずです。
でも完璧を求めることは大変なこと……どころか、私にはムダなことにさえ見えます。最高の水準に向かって絶えず進むことは、人の心に大変な重荷を負わせますし、それはどこまで行っても終わることがないからです。







