「ミスター欧州は誰だ」。1970年代、欧州各国との外交調整に苛立ったキッシンジャー米国務長官(当時)は周囲によくこう漏らしていたといわれる。
欧州大統領――。それはやはり夢に過ぎないのだろうか。
任期2年半の常任議長ポスト、すなわち欧州大統領の創設などを定めたEU新基本条約は昨年12月ポルトガルの首都リスボンで採択され、EU加盟27ヵ国の批准を経て、2009年1月に発効する見通しだった。ところが、先週末に開かれたアイルランドの国民投票でよもやの否決。独仏など18ヵ国が批准を済ませたところで、袋小路に迷い込んだ。
「今後批准拒否のドミノ現象が起きるかもしれない」(欧州議会議員)との恐れは杞憂とは言い切れない。未批准国はアイルランドを含めて8ヵ国。国民投票の実施を予定している国は現時点では他にはないが、チェコなどEU懐疑派が多い国において議会での批准作業が残されているからである。
チェコではEUへの抵抗勢力が批准中断に向けて跋扈し始め、こともあろうか国家元首のクラウス大統領までもが「条約は終わった」とメディアで公言しまくっている。英国では、野党・保守党のキャメロン党首が「批准廃止を宣言せよ」と与党・労働党に食ってかかった(英国は18日に上院で批准作業を終了)。
事態を重く見たEUは、時間をかけて批准作業を進めるよう残る8ヵ国に促した。むろん後述するように、アイルランドが国民投票を再度実施し、批准する可能性は残されている。だが、少なくとも2009年1月の発効はもはや望み薄だ。それどころか、リスボン条約そのものがお蔵入りする可能性すら出てきた。
この統合停滞がもたらす影響は大きい。リスボン条約は、EUが米国、そしてロシアや中国などに対して外交発言力を増すための梃子となるはずだった。常任議長の人選はすでに独仏などEU主要加盟国主導で進められており、ブレア元英首相の名前も浮上していた。サルコジ仏大統領は、EU大統領ポストやEU外相ポストの創設をにらんで、欧州共通防衛政策の見直しに動いていたとも言われ、これらすべての流れが停滞することになる。