買収交渉破談後もヤフーに秋波を送るマイクロソフト。その戦略は果たして正しいのか。『マイクロソフト・シークレット』の著者で、IT産業分析の泰斗、マイケル・クスマノMIT教授は、買収すべき相手は消費者向けビジネスを展開するヤフーではなく、企業向けソフト大手の独SAPだと言い切る。(聞き手/ジャーナリスト 瀧口範子)

マイケル・クスマノ
マイケル・クスマノ  マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院教授

 マイクロソフトはヤフーへの買収攻勢で多大なエネルギーをロスしたが、本来の買収対象はコンシューマ(消費者)向けビジネスを展開するヤフーではなく、企業向けソフト大手のSAP(本社・ドイツ)であるべきだった。

 マイクロソフトがインターネット部門のMSNから得る収入は、全体の5~6%にすぎない。グーグルという巨大な脅威を前にし、自社の技術だけでは成長が見込めないとヤフー買収に走ったわけだが、その判断が間違っていた理由は複数ある。

 第1に、買収額が高すぎた。買収提案前のヤフーの株価は18ドル程度でしかなかった。買収提示額は当初31ドル、その後、なんと33ドルにまで引き上げられたが、本来の企業価値を考えると18~20ドルが適正レベルだった。

 2つ目の理由は、ヤフーは検索技術でもビジネスモデルでも、すでに古い存在になってしまっていることだ。

 確かに、ヤフーの検索広告技術はマイクロソフトのものより優れているが、グーグルには劣っている。ビジネスモデルも「インターネット上のマガジン」といった感じで、時代の最先端とは言えない。その成熟した企業を買ったところで、マイクロソフトはMSNを若干改良することしか期待できない。18ドルならいずしらず、33ドル、総額にして500億ドル(5兆2500億円)もの買収額の元はとても取れないのである。

お手本はオラクル
消費者に傾斜する必要なし

 3つ目の理由は、そもそもマイクロソフトの強みがコンシューマ向けビジネスではないことだ。

 MSN、コンシューマ向け直販を含めたコンシューマ向けビジネスの収入は全体の25%。残り75%はエンタープライズ・ソフトウェア、そしてコンピュータやスマートフォン・メーカー向けのライセンス販売で稼いでいる。マイクロソフトは、グーグルのようなインターネットサービス企業にならずとも、十分に収益性の高い企業でいられるのだ。