みなみ・そういちろう
1999年、モルガン・スタンレー証券に入社。2004年、幼少期より興味があったスポーツビジネスに携わるべく、楽天イーグルスの創業メンバーとなり、初年度から黒字化成功に貢献。株式会社ビズリーチを創業し、2009年4月、管理職・グローバル人材に特化した会員制転職サイト「ビズリーチ」を開設。その後、レコメンド型転職サイト「キャリアトレック」などインターネットサービスを展開。

フクシマ 30台も半ばでしたので、新しい領域にチャレンジするのもこれが最後だろうと思い、MBA後の就職先としては、いくつかの金融機関を受け、ゴールドマン・サックスなどいろいろなところからオファーをいただきました。同級生の薦めで、コンサルティング会社も1社受けてオファーをいただき、どちらにすべきか迷っていたところ、エグゼクティブサーチの仕事をしていた夫の友人から「アセスメント(適職を分析)してあげる」と言われ、相談に乗ってもらったのです。すると、「金融業界よりもコンサルのほうが向いていると思うけど、あなたに一番合っているのはエグゼクティブサーチよ」と言われて(笑)。

南 なんとも優れたリクルーターですね。

フクシマ はい(笑)。結局、コンサルティング業界に戻ることにして、ベイン・アンド・カンパニーに入社しました。企 業戦略を立てる中で、それを実施する人材、特に経営者の重要性を痛感し、ちょうど誘いのあった世界最大手のエグゼクティブサーチ会社であるコーン・フェ リー・インターナショナルに転職しました。企業の経営幹部の採用に関するコンサルティングは、その企業の成否を決める重要な仕事です。私は人材の「材」は 資産としての「財(capital)」を10年以上使っていますが、自分の仕事をヘッドハンターではなく、企業の人財に関する課題を解決する「人財コンサ ルタント」であると考えていました。

20年で様変わりした人材業界

南 コーン・フェリーの良さはどういうところにありましたか?

フクシマ 業績重視で、売上を上げていれば、性別や国籍に関係なく評価してもらえたことです。コーン・フェリーの創業者であり、当時のCEOであったリチャード・フェリーからは、初対面のときに「君は日本のキャロライン・ネハス(女性初のパートナー、本社取締役)になりなさい」と言われました。実際、アジアで一番の売り上げを挙げ、2年半でパートナーになり、その1年後に米国本社の取締役に選挙で選ばれました。まだ入社4年目で自信もなく、不安だった私の背中をリチャードが押してくれたことは大変ありがたかったと感謝しています。

 エグゼクティブサーチの仕事を始めた1990年代は、日本ではこの仕事に対する理解がなく、人材派遣と誤解されることも少なくありませんでした。当時は「人身売買」というような胡散臭いイメージがありましたが、この20年間で日本の人材業界は本当に大きく変わったと思います。