相続の別名は、「争続」。「あんなに仲の良かった兄弟たちが、親の遺産を前にしたら……」というお話は、決してミステリー小説やテレビドラマの中だけの出来事ではないようです。諍いの中心に「お金」があるのはもちろんですが、そこに、それまで他人がうかがい知ることのできなかった「あの人の本音」「この人の思い」が噴出し、錯綜してくると、もはや収拾は困難に。裁判所による調停や裁判に発展するケースも、少なくないのが現実なのです。今回は、そんな相続の現場について、経験豊富な小林清税理士(税理士法人小林会計事務所所長)に聞きました。

「どうして、私はこれしかもらえないの?」

八木 経済的な紛争のはずが、いつのまにかむき出しの感情的な対立になる相続って、少なくないですよね。

小林 相続人による遺産分割協議がこじれて、やむなく弁護士さんにバトンタッチせざるをえないような相続案件は、ほとんどすべてがそれです。例えば、こんな事例がありました。農業を営むお父さんが亡くなり、相続人は奥さんと、長女、長男、次女の4人。長男夫婦は親と同居し、娘二人は結婚して家を出ていました。遺産は、自宅や農地に賃貸物件などの不動産がメインで、総額15億円ほどでした。
 お父さんは遺言書を残していて、ざっくり言うと、「長男に遺産の7割、他の3人に1割ずつ譲る」旨が書かれていました。特に農家の方などに多い家督相続パターンで、「先祖代々の財産は、長男に継がせる」というわけです。ところが、この相続に「どうして、私の取り分はこんなに少ないの」と猛然と噛みついたのが、長女でした。長男vs長女の図式で、相続争いが勃発したのでした。

 ここで、家族それぞれの「感情」を推し量ってみましょう。
 まず、お父さん。長男に遺産を渡すのは、彼だけがかわいいからではありません。裏に、「その代わり、責任を持って先祖代々の家や財産を守っていってくれ」という強い気持ち、期待があるのです。

八木 そのことは、当然、他の子どもたちも分かってくれるだろうと考えていた……。

小林清税理士
税理士法人小林会計事務所所長
1979年小林税理士事務所、相続専門窓口「横浜相続なんでも相談所」開業。不動産評価や調査対応を得意とし、神奈川県を中心に、数多くの相続・贈与申告を手掛ける。相談料は無料、店舗型の事務所で相談しやすいと評判が高い。

小林 そうでしょうね。一方長男のほうは、そうした親の意を酌み、すでに家業を継いでいて、お嫁さんもそれを手伝う傍ら、義理の父母の面倒をみていました。実質的に、両親と一心同体の生活。家を出た姉、妹と相続で差がつくのは当然で、「姉さんが相続の権利を主張するなんて、信じられない」というのが本音です。ちなみに、近くに住む長女は、実家を時々訪れては、親の介護などについて長男夫婦にいろいろ「意見」するタイプ。年老いたご両親にも、歯に衣着せぬもの言いをなさっていたそうです。長男には、「口を出すだけではなくて、少しは介護を手伝ったらどうか」という思いがあり、もともと兄弟仲が良好とはいえませんでした。
 それに対して、母親と次女。彼女たちは、自らも相続人でありながら「お父さんの遺志を尊重する」というスタンスでした。母親には、「息子夫婦に世話にならなければならない」という事情があり、「それなら、夫の遺産をもらわなくても大丈夫」という気持ちもあったのでしょう。他方、次女はかなり裕福な家庭に嫁いでいました。親の遺産を当てにしなくてもいい生活状況が、「余裕」の背景にはあったのかもしれませんね。
 家族みんなが一つ屋根の下で暮らしていた時と違い、子どもが独立して出ていけば、それぞれが別の生活環境に置かれることになります。結婚して、子どもがいるかもしれない。その子どもの教育資金に、お金が喉から手が出るほど欲しい時期かもしれません。そうした相続人の生活実態も、相続における「感情」に反映してくるわけです。