世界中の資金を呼び込み、炭素市場は新興商品市場としての地位を確立した。市場参加者にとっての効用は何か。
世界一の金融センター、ロンドン・シティの顔となったガーキンビル。ピクルスのキュウリ=ガーキンの形状をしたガラス張りの高層ビルが、石造りの重厚な建物のあいだから見え隠れする。そのはす向かいのビルに、欧州気候取引所(ECX)はある。
取引所といっても隣のロンドン証券取引所とは比較にならないほどこぢんまりしており、ワンフロアを借りて、10人足らずで運営されている。ここが世界の炭素取引のハブであることを、つい忘れてしまう。
ECXの誕生は3年前。昨年、本社をオランダ・アムステルダムからロンドンに移した。「炭素市場はもともと排出権を必要とする企業の売買のためのものだが、多くの金融機関やブローカーを呼び込むことによって、流動性を高め、より安定した市場を確立しようとした。その場合、ロンドンの金融インフラは最良である」とサラ・スタル商業部長は言う。
ECXは、2005年1月に始まった欧州排出権取引制度(EU-ETS)において、全取引高の90%超(2008年7月現在)のシェアを持つ最大の取引所である。
EU―ETSとは、そもそも京都議定書で定められた温室効果ガス排出削減目標を効率的に達成するために域内に導入された制度で、国や企業や事業所は、あらかじめ与えられた排出枠(EUA)の不足分や超過分を市場で売買できる。また、途上国で排出削減プロジェクトを行なうクリーン開発メカニズム(CDM)などによって得られた排出権(CER)も、ここで取引できる。いずれもデリバティブなど金融技術を駆使した先物取引が中心である。
EUAとCERの価格差に注目して収益機会を狙うスプレッド取引も活発化している。CERは排出権として承認まで時間がかかるため、低価格で推移する。制度上の変更や政治上のリスクがあるので、利ザヤ稼ぎのみならず、そのヘッジのためにも、有効なのである。
EU-ETSの取引量は、2005年から2年で6倍以上に拡大し、取扱高は500億ドルを突破した。石油や穀物商品市場に比べれば、その規模はまだ大きく見劣りするが、これほど急成長した市場は近年ほかにない。炭素という新しい商品市場が誕生したのである。