なぜモチベーションがモラールに
取って代わられてしまったのか

 なぜ「モチベーション」が「モラール」に取って代わることになったのか、その背景を見ていこう。私は、主に4つの理由があるのではないかと考えている。

 1つめの理由は、90年代後半以降の経済成長の鈍化にある。企業の成長スピードが鈍るとともに給与原資の総額が増加しなくなり、配分できるポストも十分ではなくなった。つまり、企業は社員全員の「モラールアップ」をはかることができなくなったのだ。そこに「成果主義」の導入が行われた。「個人のパフォーマンスを評価する」のである。その文脈からは、個人に重点を置いた「モチベーションアップ」の方向しか見えてこない。

 2つめの理由は、(1つめの理由にも関連するのだが)精神論と行動で成果が出せた時代が終わり、問題解決のためには思考やアイデアなどの「個人の知恵の創出」が必要な時代になったことだ。集団での知恵の創出を否定するものではないが、「モラール(≒士気)」という言葉の持つ、単純かつ行動直結的なイメージが時代の要請と合わなくなったのである。

 3つめの理由は、PCの利用が進み、仕事の個人化が進んだことだ。しかも、今ほど情報技術が進んではいないので、離れた場所で遠隔会議を行ったり、クラウドで部署全体の情報を共有したりすることもできない。SNSもまだ無い。もしかすると90年代から2000年代は、もっとも仕事が「個人」で行われていた時代だといえるかもしれない。

「フレックスタイム」が導入されたり、組織編成がフラットになるなどの変化が起きたのもこの頃である。自然と「モラールアップ」のような集団的アプローチは「時代遅れでカッコ悪く、さらに不可能なこと」ということになり、新たに登場した個人に重点を置く「モチベーション」が持てはやされるようになったのではないかと思うのだ。

 そして最後に、「新人類」と呼ばれる個人主義的な行動を志向する世代が台頭したことである。組織の因襲になじまず、自分らしい消費を追求し、これまで無かった転職を一般的にしたのもこの世代である。しかしその実態は多分に状況依存的であり、メディアによって先導された時代の空気に左右された、筋金の入っていない柔(やわ)な個人主義ではあったのだが(私自身もこの世代である)。