私自身が実験した「サルの研究」

 サルの脳の発達のシナプス過剰形成期の研究が、1985年に発表されました(ラキッチらによる)。いろんな年齢のサルの大脳にある前頭前野、運動野、体性感覚野、視覚野と海馬で、1個の神経細胞に付着するシナプスの数を数えたのです。

 出生時にはシナプスがどの領域にもないのですが、生後2ヵ月でシナプス密度は最大になり、あとは減っていきます。子ザルは2ヵ月経つと母親から離れ、単独で生きていけるようになります。3ヵ月の子ザルは3秒の短期記憶ができます(ヒトの赤ちゃんでは6ヵ月ごろに相当)。

 子ザルの短期記憶(ワーキングメモリー)の研究はなかったので、私がやってみることにしました。

 生まれたばかりの赤ちゃんザルを母親から離し、ミルクを与え、訓練しました。仲間3人でサルの世話を始め、私が夜の部を担当したのです。日が暮れると、京都大学霊長類研究所へ行き、2時間ごとにミルクを飲ませます。

 そのため休日もなくなりました(笑)。 
 訓練は、薬瓶のフタの下に隠したリンゴ小片のフタをあけ、それを取って、口へ入れ、食べるようになるのに、50日もかかりました。

その後の30日の記憶訓練で、3秒の記憶ができるようになったのです。生後3ヵ月で、サルの前頭前野の本格的訓練ができるようになり、予測した結果が得られたので、私は1994年に論文を発表しました。

サルの生後直後はほとんどなかったシナプスが、2ヵ月間運動その他をして、前頭前野を使うことで徐々につくられ、2ヵ月後、前頭前野が短期記憶を使って働くようになるという考えが裏づけられたのです。

 この子ザルたち(実験した5頭のうち2頭)が、大人のサルが実験中に見せたことのない行動を見せたのです。薬瓶のフタを開けるとき、実験者の顔を見るのです。まさに、「こちらのフタでいいのでしょう?」と言わんばかりの表情を見せるわけです。

 そして、確信を持って、堂々とフタをあけるのです。
子ザルが表情をはっきり出す顔つきをすること、確実な手の動かし方をすることは驚きです。これは熟練者が、相手の顔色をうかがってする行動なので、ビックリです。「天才のサルが生まれたのだ」と、研究者の間で言い合いました。科学論文には、書けないエピソードですが……。

 サルが知的な課題をいつごろできるようになったかについては、ダイアモンドとゴールドマン・ラキッチの報告があり、生後8ヵ月で隠されたものの場所の短期記憶が2~5秒できるというのがあります(1989年発表)。

 赤ちゃんの知的能力を調べるために、ピアジェが自分の子どもに行った課題に、対象物の永続性課題があり、人の赤ちゃんは8ヵ月でできるようになります。サルもその課題が、8ヵ月でできたのです。

 ヒトの前頭前野のシナプス過剰形成期についてはハッテンロッカーの報告があり、1997年に3歳ごろという説を出しています。彼の調べた領域が短期記憶に関係している領域かどうかはわかりません。

 また、ヒトのシナプス過剰形成期がいつかははっきりわかっていません。
 ヒトもサルと同じように、大脳皮質のシナプス形成が同時に起こっていれば、1次視覚野と同じになり、サルでもヒトでもシナプス過剰形成期の後、生きていくために、前頭前野が活動を始めるといえることになるのです。ただ、まだ、そのようなことははっきりとは言えない状況です。