当局の検査をごまかし、広告に謳って消費者を騙す。環境に優しい企業イメージをふりまきながら、高濃度のNOxを排出することを、開発者や経営者はどう考えたのだろうか
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 人を騙して儲けても、やがて報いが訪れ、自滅する。イソップ物語のような出来事が世界の自動車業界で起きた。イカサマはいずれバレる。だがそれは、後講釈ではないか。フォルクスワーゲン(VW)が「偽装ソフト」をエンジンに組み込んだのは2006年ごろ。10年間で1100万台も造りながら、問題にならなかった。社内の告発は握り潰し、当局の動きもVWに届かなかった。欧州連合で隠然たる力を持つVWの仮面をはがしたのは、米国の環境NPOだった。

 自動車の排ガスは当局が調べた検査値よりはるかに高いのではないか。疑ったNPOが大学と組んで、市販車を使って公道で測った。検出された異常な数値は米環境保護局(EPA)を動かし、VWも不正を認めざるを得なかった。米国だけで2兆円を超える制裁金が課せられる。欧州での摘発も時間の問題となった。捜査当局も腰を上げた。だが、ちっぽけなNPOが動かなければ悪事は表ざたにならず、VWは世界一の自動車メーカーとして何事もなく君臨していただろう。

VWの「悪知恵」が
消費者の力が強いアメリカで露見

 巨悪を追い詰めたNPOはICCT(The International Council on Clean Transportation)。直訳すれば国際清浄交通委員会。「健康な暮らしと環境変化の極小化」を目的に、自動車・船舶・航空機で使われるエネルギーの効率的利用に目を向け、「環境基準の科学的分析」に挑む団体だ。政府職員や大学の研究者らと連携し、政策提言や調査活動を行う。篤志家や財団からの寄付で運営し、本部はサンフランシスコ。モータリゼーションが爆発する中国・インド・中南米での調査にも力を入れる国際NPOだ。

 自動車産業が勃興したアメリカは、一方でメーカーを監視するユーザーの力も強い。市民運動と結びつきクルマ社会の反社会性を問い、シンクタンク機能を備えたのがICCTだ。

 クルマは市販される前に排ガス試験を受ける。環境基準に適合しているかを調べるもので、車台に載せエンジンを噴かし、決められた走行パターンに沿ってアクセル・ブレーキを操作する。排ガスを車外の装置に取り込んで、二酸化炭素(CO2)や窒素酸化物(NOx)を調べて合否を判定する。

 車台で行うテストの数値は、道路を走る実際の走行と燃費も排ガスもかなり違う、という認識は関係者の間では半ば常識となっていたが、重い計測機器を積んで公道を走りながら調査することは難しく、現状を覆すことはできなかった。