ピンチでも逃げない女。
「男気」が社会貢献に向かわせる?

アジアの女性雇用創出のための社会事業を立ち上げた温井和佳奈さん。

 ビジネスで成功してから社会貢献を考えるのが男性。女性起業家は、今すぐにと考える。そう指摘するのは温井和佳奈さん。ウェブ制作会社のオーナーであり、アジアの女性の雇用創出ができる社会事業を目的とした株式会社ブルーミング・ライフの社長でもある。

 温井さんの社会意識の原点は「差別」問題。小学校低学年のころ、アメリカの黒人奴隷の問題を描いたドラマ『ルーツ』を見てショックを受け、泣きながら何度も見ていたという。

 短大卒業後、証券会社に勤めるが、アメリカ留学を決意して3年で退社。しかし、当時の温井さんは英語がまったくダメ。アメリカへの出発の日、待ち受ける勉学に対する不安とプレッシャーから、成田空港で号泣してしまう。その時、温井さんは間違えて到着ロビーに行ってしまったのだが、そこで見たのが、たぶんフィリピンから到着したのであろう、アジア女性の集団だった。

 当時、社会的に話題にもなっていた「ジャパゆきさん」たちだった。家族のために遠い日本までやってきて、やりたくない仕事も強いられる。それでも凛とした姿の彼女たちを見て、自分ももっと強くなるべきだと感じ、アメリカに旅立つ。

 ワシントンD.C.の語学学校で1年、英語を勉強した後、国際関係学ではアメリカでもトップクラスのボストン大学に進む。第三世界に関心があり、「どうして世界には差別される人がいるのか?」「どうして職業選択の自由がないのか?」そんな問題意識を持っていたからだ。実はこの時、温井さんのTOEFLの点数は、ボストン大学への入学基準に足りていなかったのだが、大学と直談判して入学許可を得る。アメリカでは何事も、交渉して自分でやる、ということが大事だとこの時に学んだという。

 大学時代、アメリカはバブル経済のまっただ中で、温井さんもビジネスを簡単に考えた。自分で起業すれば、すぐにでも億単位で儲かると思っていた。そこで、卒業後に帰国し、パソコンの家庭教師や国際交流パーティーのビジネスを始めるが、バブル崩壊後の日本では苦戦を強いられる。

 その後、とあるビジネスコンテストで得た1000万円の資金を元に、ウェブ制作会社を立ち上げた。1ページ数千円の仕事を引き受けるところから始め、数千万年単位のプロジェクトを受注できるところまで会社を成長させる。

 しかし、サブプライムローン・ショックからリーマン・ショックにかけてウェブ制作業界も大きな打撃を受け、温井さんの会社も苦境に立たされる。さらにこの頃、温井さんの会社を創業当時から支援してくれていた大口クライアントが民事再生手続きを申請する。事実上の倒産であるが、この時、温井さんは逃げなかった。

「このクライアントの経営が危ないという話は以前から聞いていたんです。取引をやめたほうがいいという忠告も受けました。でも、そのクライアントには何年にもわたってさんざん儲けさせてもらった。育ててもらった恩義もある。うちは最後まで付き合う。そう決めてました。手を引くことなんか、まったく考えなかったんです」