「虚業」と呼ばれるビジネスは、新しい技術、新しいコンセプト、新しい用語(たとえば「CPM」「レバレッジ」とかいう)、を使い、よりスマートに、より投資効率を高くして、巧みに儲けていく。さらに、成功者たちは、各種のメディアに登場し、過去を否定し、まるで自分たちが、「世界を牛耳っている」かのような、もの言いをする。すると、上の世代は自分たちの世界の「破壊者」に「胡散臭い!」「そもそもウソの仕事だ」「ズルいやり方だ」と批判して、溜飲を下げる。場合によっては社会的な集団リンチをしかけ存在自体を抹殺しようとさえする。

 とくに、最近の成功者は、インターネットの伝播力と直接金融市場の発達で、創業わずかの期間で大金持ちになってしまうことが増えた。実際には、ビジネスの環境が変わったからなのだが、ズルをされたような感じがして、これからも嫉妬心をかきたてられる。

 このように、虚業のレッテル張りはたぶんにオジサン側に由来することが多いのだが、一部には理のあるところもある。便利になる、楽になる、無駄がなくなるなど、新しいイノベーションが起きれば多くのメリットがもたらされるものの、それらの中には、人々の欲望を無理に喚起したり、社会や人を悪い方向に導くのではないか、という危険性を持つようなものもある。テレビが家庭に普及したことで「一億総白痴化」は確かに進んだようにも思えるし、情報誌はマニュアル人間を大量生産したかもしれない。ネットやスマホの普及による新ビジネスも、良き社会を破壊するように見えるものも確かにある。

いつも最後に勝つのは
虚業を認める「革新派」

「虚業」と呼ばれるような新産業に対し、守旧派は「稼げれば何をやってもいいわけじゃない」「社会を悪くするものなら規制すべきだ」「既存の良いものは守るべきだ」と主張し、新しい試みを制限する傾向にある。