2016年8月6日、広島に原爆が投下されてから71年を迎えた

拙著『ハーバードでいちばん人気の国・日本』でご紹介した授業、「モラルリーダー」は大きな反響を呼んだ。トルーマン大統領だけではなく、昭和天皇のリーダーシップについても学ぶからだ。この授業を担当するサンドラ・サッチャー教授は、なぜ日米双方の視点から原爆投下を教えることにこだわるのだろうか。また昭和天皇の玉音放送をハーバードの教材とする理由とは?オバマ大統領の広島訪問後、自らの授業をあらためて解説してもらった。(聞き手/佐藤智恵 インタビュー<電話>は2016年5月29日)

アメリカ人学生の広島訪問は
「原爆投下」への考え方を大きく変える

佐藤 サッチャー教授はハーバードビジネススクールで10年以上にも渡って「モラルリーダー」(道徳的なリーダー)という授業を教えています。その中で、「トルーマンと原爆」について2時間近く議論する回がありますね。アメリカ人学生だけではなく、他の国の学生もいる中で、どのように議論が展開されるのでしょうか。

サンドラ・サッチャー Sandra J. Sucher
ハーバードビジネススクール教授。専門はジェネラル・マネジメント。MBAプログラムにて必修科目「リーダーシップと企業倫理」、選択科目「モラル・リー ダー」、エグゼクティブプログラムにて「テクノロジーとオペレーションマネジメント」等を教えている。現在の研究分野は、解雇に伴う人的損失、解雇の代替 手段等。ファイリーンズ社(老舗デパート)、フィデリティ・インベストメンツ社などで25年間に渡って要職を務めた後、現職。著書に“Teaching The Moral Leader A Literature-based Leadership Course: A Guide for Instructors” (Routledge 2007), “The Moral Leader: Challenges, Tools, and Insights”(Routledge 2008)

サッチャー 広島を訪問したことがある学生が発言すると、議論の流れが大きく変わりますね。彼らが広島で実際に見てきたことを語ると、次第に原爆の犠牲者に同情する学生が増えてくるのです。最初は「戦争を終結させるために、アメリカは原爆を投下せざるをえなかった」と信じていた学生たちも、本当にそうだったのだろうか、と考えが揺らいでくるのが分かります。

佐藤 広島に行ったことがある学生と行ったことがない学生。サッチャー教授の目からごらんになって、どこがどう違うのでしょうか。

サッチャー 広島訪問は学生たちの価値観を一変させるようです。特にアメリカ人の学生は強い影響を受けてきます。原爆がもたらした甚大な被害を実際に見て、被爆者の方々の苦しみを知る。こうした経験は学生の考え方を大きく変えるのです。

 多くのアメリカ人学生は、「真珠湾攻撃によって日本が戦争を始めたのだから、トルーマン大統領ができるだけ早く戦争を終結させるために原爆を投下したのも、やむをえなかったことだ」と信じています。それによって多くのアメリカ人と日本人の命が救われたのだから原爆投下は正しかった、とトルーマンの決断を支持する傾向が強いのです。

 ところが、広島に行ったことがない学生が皆、同じ考えかといえば、実はそうでもない。中には、やはりこれだけの人々が亡くなるような行為は、正当化されないのではないか、と発言する学生もいます。

 あるいは、原爆投下が倫理的に許されないなら、東京大空襲はどうなのか、という問題提起する学生もいます。この2つの攻撃はどこがどう違うのだろうか。あるいは同じなのだろうか。これはとても深い哲学的な問題なのです。