中ソ論争は1956年のスターリン批判から66年までの10年間に中国とソ連との間で繰り広げられた大論争である。これは主に理論上の論争、つまり、アメリカに対する見方、社会主義への移行は議会を通じて可能か、などの問題を巡って激しい意見が戦わされ、それは国家間関係にも影響した。この論争の中での中国共産党の思考を整理すると次の通りである。

 第一に、「わが党の意見が真理であり、他の党は間違っている」という点である。中国共産党を含む世界の共産党は、論争当時自らの意見を発表する際にこのような言葉を述べた。共産党間での論争のない現在はさすがにこのようなことを言わないが、当時は社会主義陣営、「国際共産主義運動の総路線」が存在し、各国の共産党はそれに「総路線」に照らして理論問題を考えていたため、このような態度になる。

 中国共産党の外交の動きを見ていると、現在の中国共産党も少なからずそのような思考が残っており、日中間の歴史認識問題、領土問題、南シナ海の問題でも「わが党が正しい」という思考で意思を表明し、相手国の主張を退けている。

 第二に、共同文書を独自に解釈して相手の主張は「国際共産主義運動の総路線」に反していると主張し、その遵守を強調する点である。中ソ論争当時は、「国際共産主義運動の総路線」というものが存在するというのが世界の共産党の共通認識となっており、自国の主張がそれに合致しているか否かは大変重要だった。

 当時の理論的拠り所だったのは、1957年と1960年に開かれた世界共産党と労働者党が集まった会議で採択された「モスクワ宣言」と「モスクワ声明」だった。論争の際、中ソ両党はこれらを独自に解釈して、相手の主張を論破するのに用いた。そのやり方は、日本との歴史問題、領土問題での摩擦や南シナ海問題でも見られ、歴史的事実などを挙げて相手を論破する。

 中国の共同文書の態度について若干述べておこう。中国のような社会主義国は特に文書を重視する国である。社会主義国の堅持する民主集中制の原則によると、党中央の発する文書は下の党員が守るべきものである。対外関係についても同様で共同文書の有無は非常に重要な意味を持つ。とくに意見の相違を抱えた国や党に対してはなおさらである。

 ゆえに、日中間で何か問題が起きたとき、中国側は、日本側の行動は「四つの基本文書」の精神に反すると主張し、その遵守を求める。また、2014年11月に日中首脳会談が実現する前、日中間の「四つの合意」が文書となって、それが会談を行う上での「底線」となったのである。

 第三に、「原則問題」では妥協しないという点である。中国人はよく「原則問題」を口にするが、それは論争当時の中国共産党の説明によると、マルクス・レーニン主義の精神に合致し、プロレタリアートの利益にプラスとなる政策で、本稿で述べている中国の「底線」である。中ソ両党の意見の食い違いが公開論争に発展した当時、ソ連共産党は中国共産党に公開論争を停止すべく、国際会議を開いて両党の意見の相違について話し合い、世界共産党の団結を強化しようと提案したが、中国共産党はそれに消極的態度だった。なぜなら、中国側は形式的な団結は何の役にも立たないという立場だったからである。