「辺境の人」「保守本流は好きではない」と言いながらも、ボストンコンサルティンググループを確固たる企業のパートナー役に育て上げた。今、その視点はどこに向かっているのか。「1000年単位の歴史観を持って事業を行う時代」と語る真意などを聞いた。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン編集長 深澤 献)

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経営学を超えた「横への力」がなければ経営者の能力拡大装置になれない

――連載では、書籍の執筆やテレビのコメンテーター、経済同友会などでの「課外活動」が、コンサルタントとしての「職人」の仕事や「経営」の仕事と深く関わるようになってきたと話しておられました。具体的には、どういう関わりがあるのでしょうか?

御立 いろいろなことをやらせてもらったので、飽きるヒマがなく、辞めずに済んだ……というのは冗談ですよ。一言で言えば、ビジネス以外の要素が企業業績に与えるインパクトがどんどん大きくなっている。そういう時代背景のもとでは、通常の経営学以外の領域とビジネスをつなぐ力がないと、「職人」としてもクライアントの相談相手になりきれないわけです。

 ダボス関連の会議に出る、異分野の専門家と本を書く、といった「課外活動」は、自分が学ぶ分野を経営学から「横」へ広げる活動でもあるので、いわば「職人の修業2.0」みたいな意味があります。もちろん、自分ですべての分野に精通できるはずもないので、学際を「つなげる」ところまで行きたいですね。

 BCGグローバルの経営を考える上でも、同じようにノンビジネスの視点が不可欠になってきた実感があります。

――その「時代背景」をもう少し具体的に教えてください。

御立 まず20世紀の最後あたりから、かつてなく「ノンビジネスリスク」が高まっていることがあると思います。

 私が日本航空にいた1980年代頃は、航空業界では10年に1回は大きなイベントが起きると言われていました。ハイジャックの連続やイラン・イラク戦争などがそうです。しかし最近は3~4年に1回は起きる。アジア経済危機、9.11テロ、新型肺炎(SARS)、リーマンショック、エボラ熱、福島の原発事故、そして異様に変動する燃油価格などですね。

 これらのイベントはエアライン間のビジネス競争の外側で起こることで、自分たちではどうしようもないノンビジネスリスクです。にもかかわらず、収益インパクトは甚大で、バランスシートが弱いエアラインは、いくらビジネス戦略が正しくても、下手をすると倒産することさえあります。

――テロや国際紛争などの地政学リスクもさることながら、天災の影響でグローバル調達に障害が生じるというケースも増えましたね。

御立 これは企業のグローバル展開が進んだことと、中進国の都市化現象が影響を大きくしている面があります。

 2011年のタイの洪水では、たとえば自動車産業の国際的なサプライチェーンが回らなくなってしまいました。元をたどれば、かつては森林だったりして、たとえ洪水があっても人やビジネスの被害がないようなところに、工業団地が造られたことが原因です。

 つまり、人間活動が都市化して、災害の被害が多額に上るような地域が広がった。さらに、企業活動のグローバル化も進んだことで、「風が吹けば桶屋が儲かる」ではないけれど、「バンコク郊外で大雨が降れば、九州で自動車生産ラインがとまる」といった関係性ができあがった。かつてと同じ規模の天災でも予想を超える被害を生み、思いもよらない遠い場所にまで影響が及ぶ、ということになったわけです。

――こういう時代背景だからこそ、従来の経営学的な理論や発想だけでは、企業経営者を支援できなくなっている、と。

御立 そうだと思います。ノンビジネスの世界をきちんと認識できる総合力が必要だし、もっと言うと、ビジネス分野のものの見方自体も進化させなければいけない。

 たとえば、経営戦略論は、マイケル・ポーターが1980年に学問分野として成立させた、とされています。ポーターはもともと経済学博士で、戦略論はミクロ経済学と産業構造論から構築された、いわば経済学からの分派でした。

 本流の経済学の方はその後、心理学やゲーム理論も取り入れてさまざまな進化を遂げてきました。しかし経営学側では、たとえばゲーム理論にしても、まだ十分に実用可能な形で取り入れられていません。ということで、ゲーム理論や実験経済学、さらにはビッグデータを扱うための新しい推論手法などを経営学側がどう取り込んでいくかが重要になってきている。

 要は「学際をつなぐ」ということです。学問の場だけでなく、コンサルティングでもこれが非常に重要な視点になってきています。

 私がイアン・ブレマー(米ユーラシア・グループ社長)との対談集『ジオエコノミクスの世紀』(日本経済新聞出版社)や、東京大学の柳川範之教授と経営戦略をゲーム理論で考える対談集『ビジネスゲームセオリー』(日本評論社)を記したのも、狭い経営戦略の枠を超えて、地政学やゲーム理論などの異分野とつながらないと、私たちコンサルタントが、経営者の「能力拡大装置」であり続けられないという危機感があったからです。

――ダボス会議などで侃々諤々に議論されているようなテーマでもありますね。

御立 そうですね。もっと正確に言うと、ダボスの「テーマ」と「手法」の両方です。会議で議論されるのは、グローバルアジェンダという社会にとっての大テーマ。たとえば気候変動やデジタル社会の光と影。これらは当然経営にとっても、重要なテーマです。

 ダボス会議は1月の大会議がお祭り騒ぎのように報道されるだけですが、実際には、こういうテーマを有識者会議的なサブチームで、事前に随分議論している。私も、こちらのグループに5~6年前から入れてもらっていますが、とにかく多様な分野の専門家が集まります。政府関係者、企業経営者も加えたマルチステークホルダー型で、多面的にああでもない、こうでもないと議論していく。この手法があって、はじめて創造的かつ実現可能性のある解決オプションが出てくるテーマが多い。そんな時代です。

 こういう場に出ていくことで、広い範囲の異分野の専門家とも知り合える。クライアントにとって必要な場合には、彼ら、彼女らを紹介して、一緒に議論することもできるので、「自分の専門外も含めた異分野ネットワーク」という資産を具体的な課題の解決に活用することもできます。

 また、どういう土俵設定をすれば、互いに異なる視点を交えながら異分野同士で建設的な議論ができるかも、自然に身についてきます。ここが大きな価値ですね。