「私、このたび青天の霹靂でまったく経験のない営業課長を拝命いたしました。もともと製造畑ですので何もわかりませんが、皆さんのご協力を得て、業務をまっとうしたいと思います」

 大変迷惑な話だが、定期異動の季節になると、こういう挨拶を聞くことになる。

異動先での活躍が期待される管理職ですが、現実は異なります

 ジョブローテーション(*)は、「人材育成上、価値あることだ」ということになっている。まったく知らない世界(部署)で異文化に触れ、これまでとは違うスキルを身につけ、幅広い見識をマスターすることができる。それまで仕事の相手であった「向こう側」の業務のメカニズムを知ることで、自分が今までしてきたアクションがどのように受け止められるのかを肌感覚で知ることもできる。

 さらに、全社的にジョブローテーションを行えば、自然と人的ネットワークが広がる。知り合いが増えるだけでも「頼みやすい」関係が生まれるし、たこつぼで「個別最適化」になりがちなところを、お互いの利害関係を整理した「全体最適化」につなげることができる。すると、仲間意識が生まれ、会社としての調整力も上がる。このようなメリットを見るならば、誰でもジョブローテーションは素晴らしいものだと感じるだろう。

 しかし、私はジョブローテーションを基本的にあまり肯定しない立場である。実際のところはどうなのか。若手、中間管理職、経営幹部と、3つにわけて考えてみよう。

 *ここでは、数年ごとに関連の少ない別の職務を経験させること、という意味で使っている

「管理職」が異動してくると
部下の残業時間は間違いなく増える

 まず若手の異動の場合、たまたま配属された業務が適任であるのかわからないので、ジョブローテーションはいろいろな可能性を試す上でも良いだろう。いろいろな経験を得ることも重要だ。社内に様々な人的ネットワークを作ることができる点でも良い。その業務だけを続けている人には後れを取り、専門性を極めるうえでは多少遠回りになるが、そこで負けないように頑張るのも能力アップにつながる。つまり、若い人のジョブローテーションには意味があるといえると思う。