ジョブズがもたらした「表現の自由」

 さて、ジョブズである。彼が成し遂げた「本当の偉業」は、古くからのMacファン、Appleファンでもない限り、あまり正しく理解されていないと思う。ジョブズ最大の功績とは、Macでもなく、iPhoneでもなく、iTunesでもない。「QuickTime」だ。

 これは簡単に言えば、コンピュータ上でテキスト、画像、動画、音声を同時に扱うための技術のこと。現在、パソコンやスマホで動画を編集したり、スマホで撮った写真を美肌加工してInstagramにアップしたり、LINEなどでメッセージ交換したり、TwitterやFacebookに投稿したりできるのも、すべてQuickTimeから始まったと言っても過言ではない。QuickTime以前のコンピュータは、「電子計算機」という名のとおり、大砲の弾道計算や金勘定が得意な単なる計算オタクだったのだ。

 このQuickTime技術がもたらしたものは、真の意味での「表現の自由」だ。かつては、動画を編集して放送することはテレビ局しかできなかった。雑誌や書籍を出版することは出版社しかできなかった。レコードはレコード会社しかリリースできなかった。いくら憲法が表現の自由を保障していても、表現は実質的にメディア企業の支配下に置かれていたのだ。

 それがいまでは、誰でも動画を編集してYouTubeにアップできる、ブログで記事配信もできる。自宅で自分の曲を録音してネットで配信することもできる。個人が、つまり誰もが、自由に表現ができるようになった。ジョブズは、国家からもメディア企業からも、人々を解放したのだ。これが、ジョブズがもたらした最大の功績だと言える。

 今回の大統領選において、トランプの最大の武器はTwitterだった。日本でもネット民はマスコミを「マスゴミ」と呼ぶが、同様のマスコミ不信はアメリカにもある。だから、Twitterが武器になった。Twitterもインターネットもない時代、新聞やテレビといったマスメディアしか情報源がなかった時代なら、トランプはたぶん勝てなかっただろう。

 ジョブズ率いるAppleは、本格的なパソコン時代を切り開いたMacを1984年にリリースしている。その初代Macのキャッチフレーズは、「The computer for The Rest of Us(=取り残された人たちのためのコンピュータ)」だった。トランプは差し詰め、「The Politician for The Rest of Us(=取り残された人たちのための政治家)」なのだ。東部のエスタブリッシュメントからも、西海岸のIT新興勢力からも、マスメディアなどの知的エリートからも取り残された人々。そんな人たちの声を、トランプのTwitterは代弁していた。

 いわば、トランプ勝利への道はジョブズが切り開いた、とも言えるのだが、ジョブズの実の父はシリア人のムスリム。そして育ての親は高卒のブルーカラーだった。偶然とはいえ、何とも不思議な巡り合わせを感じる。