ベビーカーで初詣する権利は
誰が認めるのか?

 では、「ベビーカーで初詣する権利」はどうなのだろう。たとえば、コンサートでは「6歳未満の子どもはお断り」というものが多い。レストランでも、未就学児どころか小学生もお断りという店もある。そんななか、クラシックコンサートに3歳の子どもを連れて行くことや、離乳食を始めたばかりの子どもと一緒に高級レストランへ行くことは、「人権」と言えるのだろうか。

 もちろん、レストランやコンサートと違って「お寺や神社は公共の場である」という理屈もあるだろう。しかし、お寺や神社は公共の場であるというのは、「大企業は公器である」と同じような論理であり、たしかに公共性は高いが、あくまで民間法人の施設であることに変わりない。

 企業が、女性やLGBTQの人たちをそれだけの理由で雇わないことは、働く権利を侵すことになるが、初詣にベビーカーで行くことは、なんらかの(社会に容認された)権利なのだろうか。個人的には、これを「親としての権利」として認めるべきだと考えているが、社会がそれを認めるかどうかは、それこそ社会を構成する人々(日本社会であれば、日本に住む人たち)が決めるしかない。

マナー違反や危険性で
論じることの曖昧さ

 今回の件では、これをマナーの問題として論じる人も多い。大混雑することがわかっている初詣にベビーカーで行くのはマナー違反、という論理だ。しかし、マナーとは感情の問題なので、ロジカルに議論することは難しい。個人的には、初詣やイベントなどの人で混雑する場所にベビーカーを押した母親がやってきても迷惑だとは感じない。だが、今回の論争を見ていると、人混みの中でのベビーカーを迷惑だと考えている人も多いようだ。この場合、人混みの中でのベビーカーが本当に迷惑かどうかをロジカルに決定する方策などない。結局は多数決(というか空気感)で決めるしかないのだが、やっかいなのはマナーを論じる人たちが、自分たちはロジカルに考えていると信じ込んでいることだ。

 また、「人混みの中にベビーカーで行くのは危険だ」という意見。「もし、人が将棋倒しになったら、赤ちゃんはひとたまりもない」という人も多数いる。しかし、そもそも初詣で将棋倒しの事故がどれほど起きているのだろうか。ネットで調べた限り、大きな事故は1956年の彌彦神社事件以降見当たらない。半世紀に一度、あるかないかの大事故を理由に、子どもの安全性を論じるなら、頻発している「通学、帰宅途中の子どもたちの列にクルマが突っ込む事故」を根拠に、通学時間における通学路の自動車進入全面禁止とか、子どもの通学禁止という議論が起きないのはおかしな話だ。保育園での事故や事件も、初詣の将棋倒し事故よりはるかに多い。初詣以外の将棋倒し事故に広げても、近年、死者が出たのは2001年の明石花火大会歩道橋事故くらいしか見当たらない。というか、初詣やイベントなどの人混みで将棋倒し事故が起きたら、赤ちゃんだけでなく大人の男性だって死んでしまう。

 このように、「人混みは危険」という理由で初詣にベビーカーで行くことをNGとするには、根拠が乏しい。事実を検証することもなく論じる、たんなる印象論だ。