介護されている人も子どもの活躍を喜ぶ

【橋中】仕事にプライベートを持ちこんじゃいけないと思う反面、自分の家族のことになると、仕事を優先するなんてと思う時期がある。生命が尽きる最期まで向きあいたい気持ちになるのは当たり前なんだけど、その過程の中では、濃淡があっていいと思うんです。落合さんが工夫されたように。
【落合】そうね、介護していく中で波のグラデーションがあります。

【橋中】昨年の11月、認知症の祖母が「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)」に入居しました。そう決めたのは、祖母を介護したいけど、私は今、自分の仕事をもっとやりたい。社会に出て活動したいという思いが高まったからです。でも、介護をやめるのではなく、祖母を捨てるわけでもなくて。
【落合】私も在宅介護にこだわる必要はないと思いますね。

【橋中】正直、後ろめたさはあるんですけど。仕事を優先するメリットは何だろうと考えたとき、世の中の役に立ちたいというほかに、祖母が一番喜ぶのが、私の仕事の話なんですね。講演会のチラシを持って行くと、「うちの孫がね」とヘルパーさんに見せていたり。
【落合】自慢の孫なのね。

【橋中】認知症がだいぶ進んではいますが、「NHKのラジオ番組に出たよ」と伝えて、落合さんと撮った写真を見せると、とても喜んでくれる。だから、施設を利用するのは悪いことではないし、仕事を優先する時期があってもいいと思うんです。
【落合】母は私を、1945年に出産しました。戦前の女性たちは、早く結婚することがトップモラルでしょう。彼女はシングルマザーだったこともあって、ずっと仕事をしてきた。女性が仕事をすることのつらさを、身をもってわかっていたんですね。

【橋中】ご苦労がたくさんあったでしょう。
【落合】『セクシャル・ハラスメント』という小説を書いたとき、すごく喜んでくれた。私には言わなかったけど、きっと職場でそれに準ずる体験があったんでしょうね。私にはずっと「仕事は辞めないほうがいいよ」と言ってくれていた。私自身がそうしたかったからだけど、「お母さん、仕事に行ってくるね」と声をかけるとニコッと笑う。

【橋中】晩年の母は目が見えなくなっていたんですが、講演会のチラシを渡すとじっと眺めるんです。見えないはずなのに、不思議ですけど。「病院を辞めることになったよ。でも、新しい活動をするからね」と言ったときも、どこまで理解しているかわからないけれど、伝わっているみたいでした。
【落合】娘さんの活躍を喜んでくださっていたんでしょうね。介護される人も、必ずしも四六時中、そばにいてほしいと願っているわけではないから。