既存の枠を超えて、地方や世界にもお笑い芸人たちの活躍の場を広げている吉本興業・大崎洋社長。デジタル化の進展でお笑い業界はどう変わって行くのだろうか?

コンテンツ産業の未来を考える対談、第3回は吉本興業の大崎洋社長を訪ねた(大崎の崎の文字は正式には大の部分が立)。大崎氏はダウンタウンの育ての親と言われる人物で、2009年の社長就任後は、沖縄国際映画祭、全国47都道府県に「住みます芸人」を住ませるなど、次々と新施策を打ち出している。(構成/フリージャーナリスト 夏目幸明)

未知の才能は、名伯楽が
見出さなければ育たない

板東 本題に入る前に、大崎さんの人材発掘・育成についてお聞かせください。どんな経緯でダウンタウンのお2人を見出したんですか?

大崎 見出したなんて、とんでもないです。同期入社の中でも落ちこぼれて悶々としてた頃に、たまたま目の前に高校を卒業したばかりの松本君・浜田君がいました。彼らのネタを最初に見たとき「こいつら連れて吉本辞めたら、絶対、一生食える」と思ったんです(笑)。

板東 一発で才能を見抜いたんですね。そこがすごい。

大崎 それまでの漫才って、オチを聞いて「ああ、なるほどな」って笑ってたんです。ところが、2人のネタは、どこから何が飛んでくるか分からない。「これは未知の世界や」と思いました。

板東 その後、ダウンタウンの2人が活躍される場をつくっていますね。

大崎 私は彼らが自由にのびのびやれる場をつくっただけです。当時、ダウンタウンは「なんば花月」に出ても、誰も笑わなかったんです。その頃の漫才といえば明るく飛び出してきて「僕たちダウンタウンです。松本です。浜田です。どうぞよろしくお願いします。さあ何とか……」から始まるお決まりの型があったんですよ。そのうえ彼らは、表面的にはガラが悪くて愛想も悪い。だから、お客さんも先輩格の芸人も彼らの漫才に対して、「あんなん漫才やない」とブーイングする。そこで、僕は「心斎橋筋2丁目劇場」を立ち上げました。

板東 やっぱり、天才はなかなか理解されないんですね。だからこそ、大崎さんのような名伯楽がいなければ育たないんだと思います。