仔スズメたちが唄う
スタッカートの「君が代」
自転車で角を曲がろうとしたそのとき、「コッカセイショウ」との声がした。思わずブレーキをかけて立ち止まってから、今のは本当に声だったのだろうかと考えた。なぜならとても小さく、そしてまるで3倍か5倍速で再生したかのように甲高い声だった。つまり普通の人の声ではない。
目の前には朽ちかけた廃屋がある。声はこの廃屋の裏庭から聞こえた。自転車を歩道の脇に置いてから、崩れかけたブロック塀に顔を寄せてみる。初夏の平日の昼下がり。どんよりと膿んだような陽射しが周囲には立ち込めていて、辺りに人の気配はない。
廃屋の庭は一面の雑草で覆われていた。朽ちかけた玄関のすぐ横に、40羽ほどの小さなスズメが整列している。おそらくは今年巣立った幼鳥たちだ。数羽の大人のスズメが、周囲でじっと仔スズメたちを見守っている。でっぷりと太った大きなスズメが、嘴(くちばし)に銜(くわ)えた草の茎を、リズムを取るように上下に振っている。そのとき仔スズメたちの合唱が始まった。
君が代は
千代にやちよに
さざれ石の
巌となりて
苔のむすまで
一応は最後まで唄い終えたけれど、相当に聴きづらい合唱だった。なぜなら唄いだしは「きみがよは」ではなく、「きいいみいいがあああよおおおはああああ」と始めなくてはならない。「があああ」が重要なのだ。特に最後の「むすまで」はクライマックスだから、「むうううすうううまああああでええええええええええええ」と唄わなければいけない。ところが仔スズメたちの唱法は、基本的にはスタッカートなのだ。想像してほしい。スタッカートで唄われる君が代。印象としては、ほとんど別の楽曲だ。ジミヘンが演奏した「星条旗よ永遠なれ」、あるいは清志郎が唄った「君が代」以上のインパクトだ。