コラム 動機づけ:プロクター・アンド・ギャンブルのリチャード・ニコローシ

 1956年の設立から約20年間、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)の紙製品部門は、その品質の高い消費財を手頃な価格で広く販売してきたが、競争にさらされたことはほとんどなかった。
しかし70年代後半には、その市場ポジションは変わっていた。新たな競争により、P&Gは大きな打撃を被った。たとえば、業界アナリストの推定によると、同社の紙オムツの市場シェアは、70年代半ばには75%あったが、84年には52%まで落ち込んだという。

 その84年、リチャード・ニコローシ──それまでの3年間、事業規模は比較的小さいが、変化はより激しい清涼飲料事業に携わっていた──が、紙製品事業部のアソシエート・ゼネラル・マネジャーに就任した。彼がそこで見たのは、ひどく官僚的で中央集権的な組織であり、職務上の目標や社内プロジェクトしか眼中にないようだった。

 顧客に関する情報はほとんどすべて、きわめて定量的な市場調査によるものだった。技術部門はコストを削減すれば評価され、営業部門は販売量と市場シェアばかり重視し、両者は1触即発の状態だった。

その年の夏の終わり、P&G経営陣は、10月付でニコローシが紙製品事業部の事業部長に就任することを発表した。実のところ、8月時点で、彼が実質的に同事業部を運営するようになっていた。

 ニコローシはすぐさま、低コスト生産に努力を傾ける代わりに、より創造的で市場主導型の部門になる必要性を訴えた。後に、こう述懐している。「皆にはっきり伝える必要がありました。競争のルールが変わってしまったということを」

この新しい方向性には、チームワークを重視すること、だれもがリーダーシップを発揮することなどが含まれていた。ニコローシは、事業部や特定製品を管理するために、グループを活用する戦略を推し進めた。

 10月になると、ニコローシと彼のチームは、自分たちを紙製品事業部の「取締役会」に任命し、会議を月1度、後に毎週開くようになった。11月には、主要ブランド・グループ(紙オムツ、ティッシュ・ペーパー、紙タオルなど)の管理する「カテゴリー・チーム」を立ち上げ、それぞれのチームに権限と責任の委譲を開始した。ニコローシは力を込めて、「のんびりしていてはいけない。いっきに行くぞ」と訴えた。

 12月には、彼は特定の活動を選び、その細部まで関与するようになった。たとえば、広告代理店との会議に出席し、クリエイティブ分野の主要メンバーとの面識を得た。紙オムツのマーケティング・マネジャーには、階層を飛ばして自分に直接報告するように指示した。また、新製品開発プロジェクトのメンバーたちと話す機会を増やした。

 翌85年1月、先の疑似取締役会は、カテゴリー・チーム、新ブランドのビジネス・チームなどを含む、新たな組織編成を発表した。また春までに、できる限り多くの人たちに紙製品事業部の新ビジョンを伝え、皆をやる気にさせるイベントを企画できるよう、その準備に取りかかった。

 そして6月4日、シンシナティで働く紙製品事業部のメンバー、これに同地区の営業マネジャーや工場長らを加えた総勢数千人が、地元のフリーメーソンの教会で1堂に会した。そしてニコローシと疑似取締役会の面々は、「私たち1人ひとりがリーダー」(“Each of Us Is A Leader”)という組織の新ビジョンについて説明した。このイベントは、だれでも観られるようにビデオに録画・編集され、すべての営業所と工場に配付された。

 これらの活動により、起業家精神あふれる事業環境が生まれ、大勢の社員がビジョンの実現に向けて努力を傾けるようになった。

 新製品開発の担当者たちは、数々のイノベーションを生み出した。85年2月に発売された〈ウルトラ・パンパース〉は、〈パンパース〉全体の市場シェアを40%から58%に押し上げ、収益性も収支トントンからプラスになった。

また87年5月、1晩つけていても尿漏れしない紙オムツ〈ラブス・デラックス〉が上市されると、〈ラブス〉ブランド全体の市場シェアは数カ月で1.5倍になった。

 社員による取り組みには、ある職能に焦点を合わせたものもあれば、末端の社員から出されたアイデアによるものもあった。

 86年春、この新しい企業文化に触発されて、同事業部の秘書たちが連携を深める取り組みを始めた。そこでは、いくつかの小委員会が設けられ、それぞれ、研修、評価と報奨、「秘書の将来像」といったテーマに取り組んだ。紙製品事業部の秘書の1人は、同僚たちの気持ちを代弁して、こう語っている。「事業部の進むべき道がはっきりしたのですから、私たちもそれに力を尽くしたいのです」

 88年の終わりには、紙製品事業部の売上げは、4年前に比べて40%増、利益は68%増となっていた。しかも、競争が激化し続けるなかで達成されたのである。(本文に戻る)

編集部/訳
(HBR 1990年5~6月号、DHBR 2011年9月号より)
What Leaders Really Do
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